静かに手を合わせる。
セーフハウスの運用が終わったと同時に、旧星野邸に置いてあった星野夫妻の写真と遺品は松本の自宅に持ち帰っていた。
遺品の内訳は、夫妻の結婚指輪と、星野が大切に使っていた腕時計と、百合が使っていた真珠のイヤリングおよびエメラルドの指輪だった。百合の遺品であるアクセサリーは松本が第三部隊に異動してすぐに星野から譲り受けていた。
『……俺はつけられないよ?』
そもそも結婚指輪は例外として勤務中は装飾品をつけられない。星野も重々承知しているはずだった。加えて小柄で華奢だった百合に合わせてデザインされたアクセサリーが松本に似合うこともないため、松本は困惑した。なにより星野が生前の百合に贈ったものであり、松本に譲るより彼が大事にした方がよいのではないかと思う。
『そいでもよか。というか別にお前に使えとは言うとらん。とにかくお前が持っとれ。誰かあげとうなったもんがおればやってもええし、困ったときに金に換えてもええ』
『え、あー……うん、わかった』
換金だけは絶対にやめようと強く思った。だが、星野の言う誰か、というのはどういう意味だろうか。
『前も言ったけど、俺、基本的に女性と関係持つことはないよ……?』
『お前の出自も価値観もわかっとる。別にそういう色恋じゃなくても、誰かの子供を娘みたいに可愛がることがあるかもしれんし、理屈抜きでどうしてもやりたいと思う相手がおるかもしれん。取っとけ』
『幹夫さんがそう言うなら……』
そう言って受け取った――半ば無理やり押し付けられた――アクセサリーは松本の自宅で保管されていた。
――今日までは。
「幹夫さん、俺に百合ちゃんの遺品を譲ってくれてありがとう」
おかげで大事にしたい女の子に渡すことができるよ、と報告する。
(兄に娘が生まれたらしくて、何かを贈りたい)
と言った人のことを思う。常識的に考えて生まれたばかりの子供に贈るものではないとわかっていたが、これからの人生の節目節目まですべてまとめた贈り物だ。すでに贈り物の内容は相談はしてあり、それがいいと賛成してくれたために、譲ることが決まった。
願わくば彼女が健やかに美しく成長しますように、と松本は星野夫妻の遺影に向かって静かに祈った。