松本と櫻井が捕まえた男女二人組は、年齢こそ成人したてだったが、取り調べに対して落ち着き払っていた。それもそのはずで、どれだけ調べても二人の身体および所持品からは盗品が発見できなかった。
「俺たちは持ってねえよ」
「どこにあるかも知らないの」
何回も言わせるな、と捕まえた二人――カエデとミナト――はうんざりしたように言った。その様子をゴーグル型端末で記録していた科技研所属の花江まり果が首を傾げながらコメントをした。
「うーん、嘘じゃないのは確かですね」
「嘘じゃない……。本当でもないってことか?」
「はい」
花江はそう言って、装着していたゴーグル型の端末を外した。
「これの精度もまだまだですかねえ」
「精度というよりは、範囲のような気もするけど」
花江が開発したその端末は『ウェアラブルうそ発見器』だ。相手にYES、NOで答えられる簡単な質問をいくつかすることで、嘘をついたときとそうでないときの反応パターンを分析・記録する。今回のように嘘でも本当でもないことを言われたり、黙秘をされたりしまえば無効だが、それでも以前よりは格段に話を引き出しやすくなった、と松本は思う。
「とはいえ、このまま話しても埒があかないでしょうし、一回終わりましょう。ここってお菓子食べてもいいんでしたっけ?」
そう訊ねる花江に、それは取調室の外に出てから! と松本は強く言い聞かせた。
とはいえ、単に休憩をするわけにもいかない。松本は隊舎にいる梶に、二人組が監視カメラの外に出た回数と時間を教えてほしいと言った。映像解析室で解析をした映像はきちんと結果が記録される。
『え、えーっとですね。監視カメラでの連続追跡が途絶えたのが五回っす。そのうち単純に監視カメラの範囲外になって、すぐに別のカメラでとらえられたのが二回で、残る三回はどこかしらに行ける可能性がある途絶え方してます。時間は長いものから十五分、八分、五分っす』
「ありがとう。その十五分と八分の映像を用意しておいてほしい。俺も見る」
『了解っす! 用意しておきます』
ふう、と小さくため息をついて松本は腕を回した。それを見て、疲れていると勘違いしたのか、花江がチョコレートを差し出した。
「どうぞ」
「どうも」
疲れる作業はこれからなんだけどな、と思いながら松本は小さなチョコレートを口にいれた。
「あ、そこ! ストップ!」
松本と共に再度映像を見返していた梶は、松本の指示にあわてて映像の再生を止めた。常人よりもはるかに優れた五感を持つ松本は、単純な視力だけではなく、動体視力もよい。動いているものをとっさにとらえられる視力は映像解析でも重宝されている。欠点としては、電子的な刺激に弱く、長時間映像を見るのは難しいところだろうか。
「え、なんか写ってましたか?」
「画面右下の犬。少し大きくできるか? 特に首輪のあたり」
松本の言葉に梶は素直に従う。松本の違和感を解消すべく右下の犬をピックアップした。この犬は二人組が消えて行った方角から出てきたが、犬に証言を求められるわけでもないため、特に関係ないだろうと気にされていなかった。映像の犬は元気に尻尾を立てて歩いている。
「……迷子犬ですかね?」
「どうだろう」
首輪はしていたが、その犬を連れている人間は見当たらず、奇妙な印象を与えた。どこかの家から逃げ出したのだろうか、と梶が考えていると、松本の指が首輪のある一点を指差した。
「これ、なんだ?」
「……?」
首輪には、小さな箱が取り付けられていた。通常であれば見慣れない姿に松本はもしや、と一つの可能性に行き当たった。
「――この犬、あいつらが消えて行った方から来たよな?」
「はい」
「この首輪の箱、盗まれた宝石入れるのにちょうどいい大きさだと思わないか?」
「え、あ、ええっ⁈ でもそんなことしたら、どこに行くかわかんなくなりますよ?」
梶の疑問に松本は答える。
「いや、わかる。〈ヤシヲ〉では愛玩動物の脱走、迷子防止にマイクロチップ入りの首輪装着を推奨している。それをつけていたら、位置情報の把握だって端末で容易にできるはずだ」
「確かに……」
「だからさっき、『持ってないし、どこにあるかも知らない』って答えたんだなあいつ。嘘ではないが、本当でもないってそういうことか」
松本は思いがけない周到さにため息をついた。そして、最初に監視カメラ映像で見たときの印象と現在の印象がちぐはぐだとも感じる。
「俺はもう一度取調室に戻って、彼らと話をしてみる。梶は隊長と話をして、本当に彼らの単独の犯行かどうかを洗ってほしい」
「? よ、よくわかってないっすけど、了解っす」
とりあえず、映像からわかったことをちゃんと伝えたら隊長に俺の意図は伝わると思うから、と言って松本は梶を第三部隊の執務室に帰した。
松本はそのまま取調室へと戻り、カエデとミナトに端末を見せてほしいと伝えた。
「どうして盗品を持ってなくて場所を知らないのか、分かった」
「……」
「犬に持たせたんだな?」
松本の言葉に二人は目を伏せ、悔しそうに唇をかんだ。あともうちょっとだったのに、と言うカエデを松本はじっと見つめた。
「もうちょっと?」
「もう少し私たちが時間を稼いで、依頼人に宝石を回収してもらうつもりだったの。そうしたら捕まっても成功報酬として、二割程度もらえる予定だった」
「おい、」
依頼人という言葉にミナトがカエデをこづく。
「なによ、もうバレてるんだしごまかしてもムダでしょ」
「そうだけど」
ミナトを黙らせたカエデは松本にロック解除をした端末を手渡した。
「その位置アプリに入ってるのが、オコメの居場所」
「オコメ?」
松本が首を傾げるとカエデが答える。
「犬の名前。捕まえに行くと思うけどオコメにケガさせずに捕まえてね」
「わかった。オコメに罪はないしな。お前らの事情と依頼人については、あとでしっかり聞く。端末借りるぞ?」
松本の言葉にカエデはうん、と首を縦に振った。ミナトは不貞腐れたまま黙っていた。
「……あの、」
「ん?」
「ごめんなさい」
小さな声で謝ったカエデに松本は首を横に振る。
「それは俺じゃなくて、あのお店の店主に言うべきだ」
ちゃんと返せるように回収するからな、と言う松本の言葉にカエデは小さく頭を縦に振り、ミナトは黙り込んだままだった。
松本が借り受けてきた端末を元に、オコメの現在地を割り出し、数人で現場の【住】地区七番街〈イータ〉の郊外に向かうことになった。現場に向かうのは我こそはと名乗りを上げた犬好きたちである。
「……行かずともよかったのか?」
「はい。昔、犬にかまれたことあって、苦手っす」
「そうか」
六条院と梶は隊に残り、オコメの捕獲のためカメラ映像からサポートを続ける。
「あ、」
オコメの姿を最初にとらえたのは松本だった。オコメは、全力で駆けてくる松本をしばらく見ていたが、そのうちに尻尾をピン! と立てると元気よく振り始めた。そして松本とは反対の方向へ元気よく走り出した。
「……完全に、遊び相手だと見なされているな」
「そうですね」
捕獲、大丈夫ですかね、と心配そうにつぶやいた梶の予感はあたり、オコメの捕獲は難を極めた。
オコメは自分を追いかけてくる人間のことを「自分と遊んでくれる人だ!」と認識してしまったようで、人間たちをおちょくるかのように走り回った。少し走って人間の姿が見えなくなると止まり、人間が追い付いてくるとまた走り出す。そのあまりの小賢しい様子に音を上げた隊員がエサで釣ろうとしたが、知らない相手から差し出されたエサには見向きもしなかった。
それでもオコメの体力にも限界がくる。
走り回ってヘトヘトになった瞬間、松本によって捕獲された。隊員たちも汗だくだ。
「まったく、お前、上手に逃げたよ」
オコメを抱きかかえたまま松本は言う。オコメは身長が一八〇センチもある松本に抱え上げられた高さが怖いのか、尻尾を丸めた状態で情けなく鳴いた。その隙に隊員の桑原が素早く首輪を外し、箱を開けて中を確認した。
「あっ、入ってます!」
その場の全員が安堵のため息を吐いた。走り回っている最中にうっかり落としていたら、責任の取りようがない。
「よしわかった。じゃあその首輪はそのまま持って帰ってくれ」
「副隊長はどうするんですか?」
「俺は、こいつをひとまずケージに入れて一緒に本部に帰る。桑原は、隊長立ち合いで持ち主に中身を返却したあとで、首輪のマイクロチップを調べてほしい。おそらく二つあるはずだから」
「あれ、あの二人の飼い犬じゃないんですか?」
「そうじゃないらしい。数日前に自宅の敷地に迷い込んできたところを保護していただけだと言っていた」
調べたところ、ミナトの名義で出されていた迷子犬の預かり証明があった。その犬を今回こういった形で利用するには、彼らが自由にできるマイクロチップが不可欠だ。
「わかりました。チップの個数の確認とデータ確認を依頼します」
「ああ、よろしく」
お前、これからしばらくどうする? と松本は腕の中のオコメに話しかけたが、オコメは「きゅーん」と小さく鳴いただけだった。
○
数日して、二人組へ窃盗を教唆した人間とオコメの飼い主が判明した。教唆した人間は防犯システムの運営元の会社の社員だった。社員であればシステムメンテナンスの日程の把握も容易だ。日々の仕事に嫌気がさしていたその社員は「宝くじを当てるより簡単に金持ちになれると思って」窃盗の計画をしたようだった。
ネットワーク上で依頼を受けたという二人の端末のアクセス記録から割り出した結果に、第三部隊では「だから、計画が穴だらけな割にはそこだけうまく潜り抜けられたのか」と呆れの声が上がった。その社員は、教唆罪《きょうさざい》で裁かれた上に、会社から情報漏洩による信用失墜の責任として賠償を求められることになった。
実行犯となった二人は器物損壊罪と窃盗罪で裁かれる。この二人は駆け落ち同然でパートナー生活を始めてしまい、家も借りるのがぎりぎりで生活が苦しかったのだと言った。
「もうやるなよ。次はやる前にちゃんと行政に相談」
松本と梶はカエデとミナトの二人に今後困ったときの連絡先を教えて、更生施設へと移送されるのを見送った。二人は松本と梶に深々と頭を下げて、更生施設へと向かって行った。その後ろ姿を見ながら松本は梶に問う。
「お前の名刺も渡したか?」
「はい。渡しました。困ったらいつでも頼ってほしいって言ったっす」
僕じゃまだ、頼りないかも知れないっすけど、と言う梶に松本は首を横に振る。
「あの二人が更生施設から出て、職業訓練始めるころにはお前も立派になってるはずだ」
「……あんまり自信ないっすけど」
「俺と隊長がしごくから大丈夫だよ」
弱気な梶の肩をぽんぽんと松本は叩いた。最年少で隊長・副隊長を務める彼らにしごかれたならば大丈夫だろうか、と梶は思う。
「それより問題はオコメだな」
「あー」
調査の結果、オコメの飼い主であった老人は数か月前に亡くなっており、オコメの飼い主は不在だった。老人の子に連絡をしてみたが、動物アレルギーがあってどうしても引き取れない、と断られてしまった。
「隊舎で飼います?」
「それをさっき隊長に言ったら即却下された」
「捜査補助犬として訓練を受けさせたらどうですか?」
「それをさせるにはちょっと遅いらしい」
「えー、他になんか案ないんですか?」
僕の言うこと全部だめじゃないっすか! と抗議する梶に、俺が言ったことも全部隊長に却下されたんだよ、と松本は言い返した。
「命の行き先って難しいなあ」
「……そうですね」
「誰か飼える人、探すか」
「お手伝いします」
松本は梶に「いい飼い主探してやろうな」と言って、隊舎内の執務室へと引き返して行った。
幸いにもオコメの飼い主はその後すぐに見つかり――夫婦二人暮らしをしている隊員の妻が日中寂しいので飼いたいと希望した――引き取られていった。しばらくオコメが居た隊舎にも静けさが戻った。
「うわ、俺の服、まだオコメの毛がついてる!」
何回洗濯しても、コロコロかけても取れないんだけど、と嘆く松本に櫻井が言う。
「副隊長、一番長い時間接してましたもんね。洗濯ボール、買ったらどうですか?」
「洗濯ボール?」
毛みたいな細かい汚れを取ってくれるんですよ、という櫻井の言葉に松本は素直にうなずいていた。そんな二人のやりとりをぼんやりと見ていた梶の視界にスッと六条院の手が入る。
「うわっ!」
「ぼんやりするな」
きっと今日も忙しくなるぞ、と言う六条院に「なるべく平和な一日であってくださいって祈っとくっす」と梶が言いかけた瞬間、事件発生を知らせる通信が入る音がした。