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序、

 

 ――科学がどれだけ進歩をしても、理屈では説明がつかないことがある。そんな特殊事象が絡む事件・事故を捜査するために僕らは組織された。

 

 

「UPI?」

「そう。江角くんを是非に、という声があってね」

 地元であるS県に都道府県警察として採用されて四年目の秋、江角泰地《えすみたいち》は異動の辞令を受け取った。UPIという聞き覚えのない名前に首を傾げる。

 警察学校からこれまで勤務態度に問題はなかったはずであり、不祥事も起こしていないはずだが、もしやこれは実質的な左遷なのではないか――。

 そういぶかしんだ気持ちが顔に出たのか、辞令を渡した上司はオッホン、とわざとらしい咳払いをした。

「そんな顔をしなくともよろしい。左遷ではない……どちらかというと昇進に近い話だ。UPI自体は各都道府県警にある組織だが、組織長は警察庁から派遣されるという特殊な組織でね。表にはあまり出ないから、江角くんが知らないのも無理はない」

 ひとまず組織が存在するものであり、特殊な在り方をしていることは江角にも理解できた。

「あの、UPIというのは、何の通称でしょうか」

「〝特殊事案捜査課〟の通称だ。英語の組織名は知らんから、異動後に誰かに訊いてくれ」

 言葉の響きがやはり窓際部署のそれである、と江角は思ったが、今度はなんとか顔に出すことをこらえた。

「UPI自体は北棟の地下書庫の隣の部屋を執務室にしている……おいそんな顔をするんじゃない、左遷じゃないとさっきから言っているだろう」

「……拝命します……」

 得体のしれない組織、北棟地下書庫の隣室と自分の未来が明るくないことを疑うには十分すぎる情報に江角は大きく肩を落とした。

 

 同日、昼過ぎ。

 ダンボールに一抱えの荷物を持って江角は県警本部の北棟地下の廊下を歩いていた。蛍光灯はついているものの窓がないため妙に暗く感じた。

(ったく……こんなとこで何しろってんだよ……)

 元上司は頑なに左遷ではないと言いはっていたが半信半疑である。

「ここだ……」

 廊下の端から二番目のドアには「UPI 特殊事案捜査課」と書かれたプレートがぶら下がっていた。一旦ダンボールを床に置いてノックをする。

「空いてるよーどうぞー」

 中からは朗らかな若い声が返ってきた。くたびれた中年男性ばかりが押し込められている様を予想していたため、やや面食らいながらも江角はドアを開けた。

「やあやあ、君が江角くんだね! ようこそUPIへ! よく来てくれました!」

 開けた途端、熱烈な歓迎を受けて、江角はたじろぐ。やたらと顔面がキラキラとした男に歓迎されるのは悪い気こそしないが、心臓に悪い。すでに元の部署に帰りたい、という気持ちでいっぱいである。

「ちょっと、国屋《くや》さん、江角さん引いてますから、一旦テンション下げて」

 国屋と呼ばれた男の後ろからもう一人、ひょろりと背が高く、丸眼鏡をかけた男が顔を出した。国屋はその男を振り返ってヘラリ、と笑った。

「いやー引き抜こうとしても断られるばっかりだったし、嬉しくてつい」

「ついじゃないですよ。江角さんごめんね、あなたの席はそこだから、とりあえず荷物置いてください」

 ちらり、と見えた名札には上乃木《かみのぎ》と書かれており、江角は二人の名前を頭に叩き込んだ。

 江角がダンボールと鞄を机に置き、落ち着くころを見計らって、国屋がペットボトルの茶を差し出した。

「さっきはごめんね。新人が来るって聞いて嬉しくなっちゃって。改めまして僕は国屋礼嗣。ここの責任者なのでよろしく」

「江角泰地です。よろしくお願いします」

 そう言って国屋が差し出した名刺を確認すると、

『警察庁 特殊事案捜査課 S県支部責任者   警視  国屋礼嗣《くやれいじ》』

 と書かれていた。警視、という階級である以上、三十は超えているはずだが、国屋は二十代半ばだと言われても通じそうな顔立ちをしており、思わずまじまじと見つめてしまう。

「一応私からも渡しておきます」

 国屋の横から上乃木が名刺を差し出す。

『S県警 特殊事案捜査課 怪異対策班  警部補  上乃木みつる』

「……あの、」

 名刺に書かれた特殊事案捜査課、までは江角にも理解できた。ただ、そのあとの五文字の理解を咄嗟に脳が拒否したような感覚があった。困惑したままの江角に「あれ?」と国屋が不思議そうな顔をした。

「この部署の説明、受けてないの?」

「……特殊な組織だとは聞いてきましたが、それ以上は」

「チッ、あいつ僕に説明押しつけたな」

「口が悪いですよ国屋さん。賢明な判断だと私は思いますけど」

 こんな怪しい組織の業務内容なんか話した日には誰も来ませんよ、と江角が思ったのとは違う方向のフォローをする上乃木に、国屋は「そうだけどさあ」と不満そうだ。

「まあいいや。まず君の認識の通り、ここは特殊な組織だし、上乃木の名刺に書いてあった通り、怪奇現象を取り扱う場所ね」

 国屋の説明に江角は眩暈がした。文明開化などとうに過ぎ、電子機器と情報にあふれた文明化社会だというのに、怪奇現象など、

「……非現実的ではありませんか?」

「科学がどれだけ進歩をしても、理屈では説明がつかないことがある。そんな特殊事象が絡む事件・事故を捜査するために僕らは組織された。おまけにここはS県という神代から神がおわす土地で、土地に根付いた神話もたくさん残っているんだから、人では処理しきれないことが普通に起きる。それに君、そういうのが見えるし分かる人だろ。非現実的だなんて思っていないのにそんなことを言うのはよくない」

 国屋はそう言って江角の目を指さした。確かに昔から人には見えない何かを見ることもあれば感じることもあったが、それをなぜこの男が知っているのだ。

「……どうして国屋警視がそれをご存じなんですか」

「僕を呼ぶときに階級は必要ないよ。それで、なんだっけ……ああ、ここで実験用に怪異を飼っていてね。ほらあれ」

 国屋はそう言って部屋の隅に置かれている鳥かごを指さした。中には七色に輝く不思議な鳥が閉じ込められており、それを見た江角は「あ!」と声を上げた。

「この間中庭にいた鳥じゃないですか……」

「そう。短時間放って、見える子がいたら引き抜きの声かけしてる。江角くんにもバッチリ見えてたし、こりゃいいやってことで」

 変な鳥だな、と思ったが、世の中にはそんな種類の鳥もいるだろうと信じ込むことでここまでやってきたのだから、その前提を崩さないでほしい、と江角は思った。

「……非現実だと思ってここまでやってきたんですよ」

「残念だったね。現実だから諦めてここでの業務をよろしく」

 突き放すように言う国屋に江角は食い下がる。

「前の部署に戻してもらえませんか。俺は平和に暮らしたいんです」

「江角くんがそう思っていても怪異の側はそう思っちゃくれない。まあ、数年やって後輩が入ってきたらもしかすると入れ替えできるかもしれないから、頑張ってよ」

 国屋はそう言ったのち、腕時計を確認すると「おっと」と声を上げた。

「ごめん、今から会議だ。江角くんはしばらく上乃木の下につかせるから、あとは上乃木から聞いて」

 じゃ、よろしく! と言って国屋は部屋を出て行った。嵐が去ったあとのようで、江角は茫然と立ちすくむ。