王者の花の こがねひぐるま

「古典ってあはれとをかしが超出てくるよね」
 これってうちらがヤバいとかエモいって言うのと一緒じゃん、という鳳梨に古典教師の枇杷先生は柔らかく微笑んだ。鳳梨の手元にある小テストの解答用紙は残念ながら白紙のままだが、枇杷先生は見ないふりをした。
「そういう文化圏ですからね。言葉は変われど、本質は変わらないんでしょうね」
「へえ~」
 そういうのなんだかエモさがあるね、とつぶやく鳳梨に枇杷先生は一冊の本を差し出した。
「そんな貴女にはこの本を貸しましょうね」
「なにこれ」
 鳳梨は渡された本を興味深げに見つめた。「エモい古語辞典」とタイトルが書かれたその本に鳳梨は興味を持ったようだった。
「これを読んで、興味のあった言葉を五つ書いて提出してくださいね。……それで、この小テストは免除して差し上げましょう」
「えっほんと? 先生、ありがとう!」
 これならウチでもわかりそう、と言って鳳梨は嬉しそうに本のページをめくり出した。覚えることはあまり好きではないようだが、古典のエピソードや和歌などは好きでぽつぽつと読んでいるようだった。
 そんな鳳梨と枇杷先生のやりとりを見ながら、私は解答を書き終えた小テストを提出した。来週の授業で受けるはずの小テストだったが、陸上の大会で出られないため先に受けていた。小テストをきちんと受けていれば期末テストで少し悪い点を取っても平常点として加点してもらえるから、というのが今受けている理由だ。枇杷先生はさらりと小テストの採点を終えて、私に返してくれた。
「来週はがんばっていらしてね」
「はい、ありがとうございます」
 品の良いこの教師はいつも応援の言葉をくれる。私はそれに頭を下げて、鳳梨に「先に戻るよ」と声をかけた。

***

「はいこれ」
「? なに?」
 鳳梨が差し出してきた小さな手紙に私は首を傾げた。
「お守り! 中はあとで見てね」
 明日の大会、がんばってね、と言って鳳梨は慌ただしく去っていった。普段は一緒に帰ろうと言うのにどうしたんだろう、とは思いつつ私はその手紙を開いた。

 ――髪に挿せば かくやくと射る 夏の日や 王者の花の こがねひぐるま

 中身の和歌は決して応援の和歌ではなかったが、彼女なりに私を考えて選んでくれたのだろうということが伝わってくる文面が嬉しかった。
 明日もきっと軽く走れる、と思いながら私は手紙を閉じなおして、スマートフォンのカバーにしまいこんだ。