一月三日の昼過ぎに旧星野邸に戻ってきた六条院を迎えたのは、ほのかなダシの香りだった。年末年始はいつも以上に不規則な彼らの勤務体系だが、忙しくなると休憩もろくに取れなくなるのが常だった。六条院も最後に取った休憩がいつかを覚えていない。とにかく帰るための気力と体力だけを残すことに集中していた。
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
出迎えに来た松本は杖を使っていた。松本の足は、寒かったり雨が降っていたりすると調子が悪いことが多い。その様子を少し目を細めて六条院は見た。六条院の視線に気がついた松本は「そんなに調子が悪いわけじゃないので、大丈夫です」と言う。
「本当か?」
「身体のことで嘘はつきません」
手を洗ってこっち来てください、と言って松本は先に台所へと引っ込んだ。手を洗った六条院が松本を追ってリビングへと入ると、食卓の上では小さ目のどんぶりが湯気を立てていた。
「激務で胃もお疲れでしょうから、茶漬けです。せっかくなので、ゆりちゃん作の梅干しも使いました」
にこり、と笑って言う松本に、六条院はほっと息を吐いた。温かいもの、という抽象的なリクエストをよくぞここまで汲み取った、と思う。
「温かいもの、ってリクエストにかなってますかね?」
「ああ。十分すぎるほどに」
「よかった。実は最後までうどんか茶漬けで悩んだんですよ。隊舎の食堂だとうどんをよく食べられてるイメージがあったんで」
疲労回復を狙って梅干しも入れてみました、と言う松本に六条院は礼を言って木の匙を手にとった。一口食べて小さく「美味いな」とつぶやいた。今度は松本が小さく息を吐いた。
「――お誕生日おめでとうございます」
松本の言葉に六条院は木の匙を持ったまま目をぱちぱちとしばたたかせた。ややあって口を開く。
「ありがとう」
「あとちょっとしたプレゼントも用意したんですが、今渡してもいいですか」
松本のうかがいに六条院は小さく顎を引いた。松本は、どうぞ、と言って小さな紙袋を手渡した。
「使えるタイミングがあったら使ってください」
そう言われて六条院は紙袋を開けて中身をのぞいた。中には、靴下が二足入っていた。
「靴下?」
「はい。一応断熱効果が高いって謳い文句のものを買ってみました」
「ありがとう」
大切に使おう、と六条院は言うが、松本は慌てて手を振った。
「す、すみません送っておいてあれですけど、そんなに高価なものじゃないんで、ほどほどに使ってください」
あまり高いものを送ってもだめだろうという読みだったが、安価なものをここまで喜んでもらえるとは思っていなかった。
「今までもらった中で一番嬉しいものだった」
「それなら、いいんですけど」
やや納得のいかない顔をしている松本に、六条院は本当だ、と言いながらどんぶりの中の茶漬けをゆっくりと口に運んでいった。