UNDERGROUND

「わたしはなにも非常識なことは口にしていない。情報――つまり商品には対価を。それはそちらにおいても通用する概念だ」

 月の光だけが入る部屋でその美丈夫の目の色、髪の色は見ることができなかった。彼と相対している男は汗を拭きながら言う。

「しかし、知りようがないものはなかった!  無理を言うな!」
「無理を言っているのはどちらか。わたしはあなたが望む情報を渡した。対価は金品では払えないと最初に話し、あなたも合意をしたはずだ。契約書もある」
「そんなもの! いくらでも捏造できるだろう!」

 その言葉に美丈夫は柳眉をひそめた。

「それが答えか。有益な情報を手にしておきながら、対価も払わないのが答えか」

 凍てついた声音に男は怯えた。自分はとんでもないものと取引をしたのだと今さら気がついた。

「――それで、こいつどうします? ここで始末しますか?」

 男は第三者――猟犬が存在したことに腰をぬかした。猟犬は部屋のわずかな月光でもわかるハシバミ色の目をしていた。一見すると優しげな見た目が余計に恐ろしく見えた。

「結論を急ぐな。もう少し『待て』だ」
「わかりました」

 猟犬は首輪をはめ、リードで繋がれていた。リードを握るのは美丈夫だ。彼の気分次第でいつでも獰猛な猟犬がけしかけられる、と知って男の脚は震えるばかりだった。

「ここでは地上と少しばかり規範が異なる。あなたは今、その規範を犯した」

 美丈夫は立ち上がると男の前までゆったりと歩いた。猟犬も彼の歩みに合わせて着いてくる。

「規範を犯したものには罰を。始末されないだけ感謝すべきだな」

 美丈夫はそう言うと、部屋の外に待機している刑罰執行官に男を引き渡し、そのままソファに座りこんだ。その横に猟犬も座る。

「お疲れですね、真仁さん」
「ああ、疲れた。契約を守らない人間は困る」
「俺もですよ」

 パフォーマンスとはいえ疲れるんですよこれ、と言って彼は首輪を指した。それに気がついた美丈夫は首輪を外して頭を撫でた。

「パフォーマンスとはいえ悪いな、山次」
「いいえ。俺たちだって契約ですから、いいんですよ」

 ま、お互いの利益がきちんと保証されているし悪いとは全然思っていませんけど、と猟犬は言った。

「真仁さんもそうでしょ」
「そうだな」

 名前を捨てても、偽っていても生きていける場所はここしかないな、と美丈夫は自嘲気味に笑った。

「そうですね。あなたは名前を捨てて、俺は偽って生きている。……楽しい人生ですよ」
「ああ、愉快だな」

 二人そろって笑う。ちっとも楽しくも、愉快でもない人生だが、笑えるだけマシだった。

「少し眠ってもいいか」
「どうぞ。俺は外に出ていましょうか?」
「いや、いい。外はほかに任せる」
「了解です」

 ゆっくりどうぞ、と言って猟犬はソファから立ち上がり、隣に置いてある一人がけのソファに移動した。彼もそこで目をつぶる。

 ――明日にはこのクソッタレの世界がすべて壊れますように、と願いながら。