Next Generation

 私に親戚と呼べるものはないのかと父に聞いたことがある。父は非常に困った顔をし、私に一言だけ言った。
 ”——私には弟が”いた”よ”
 それが過去形であったので私はそれ以上を父に訊くことはしなかった。母は八条院家の分家から嫁いだ人であったがひとり娘であり、親戚が望めないのはわかっていた。しかし、父の弟である人とは面識があったと言った。
「一卵性の双子でとてもよく似ていた人でしたよ。鏡があると言われたら信じたかも」
 母がその人に会ったのは一度、結婚式を挙げたときだけだという。多分写真がある、と言った母にねだって見せてもらった写真にはたしかに父にそっくりな人が写っていた。
「叔父様は、今はどうしているのですか」
「それは私にもわかりません。あの人は私たちには言わないと決めたようですから。ただ、今はもう六条院のお家の籍を外れたようです」
 母も知らないとなるといよいよお手上げだった。だが、母は「そういえば」と何かを思い出したように呟いた。
「八条院家のご当主なら何かご存知かもしれません。お二人と仲がよかったというお話を聞いたことがありますよ」
「……そうですか」
 当主の妻という母の立場であれば八条院家のご当主であっても接触は容易だろうが、残念ながら私は当主の子というもう一段接触が難しい立場だ。いくら遠縁の親戚になる私といえど子供に接する時間を簡単に作れる立場の人ではない。どこかでうまく接する機会があればいいのに、と私は思った。

 

 その機会は思ったよりも早くやってきた。ちょうど父が八条院家に招かれた際に私を共につけてくれたのだ。伴というよりはおそらく私をダシにして早く帰ろうということだろうが、そこは黙っておいた。父が手洗いに席を外したときに私は思いきって八条院家のご当主に話しかけた。
 ”——私の叔父はどのような人だったかご存知ですか”
 ご当主は一瞬言葉に詰まったのち、
「ボクの義弟の同僚だったよ」
 と答えた。ご当主の義弟の職業を私は必死で思い出し、自警団に入っていたのだと思い至った。
「同僚”だった”」
「うん。今はもう所属していない。でもどうして気になったの」
「母に、結婚式の写真を見せてもらいました」
 因果関係は逆だがそこは明かさない。明かしてもしょうがない。
「あの、もう一つだけ、教えてください。叔父は何が原因で命を落としたのですか」
 私の疑問にご当主はきょとん、としたのち、ああそうだね、と言った。
「ある事件に巻き込まれた、としかボクの口からは明かせない」
「……そうですか」
「ごめんね」
 申し訳なさそうに謝るご当主に私は何も言えなかった。そしてそのタイミングで父が戻ってきたのでそれ以上は何も訊けなかった。

 

 その次のタイミングが訪れたのはそれからしばらく経ってからだった。八条院家に遊びにおいで、と誘いを受けたのは、私だけだった。両親は突然の誘いに首を傾げたが、私に手土産を持たせて送り出してくれた。
「来てくれてありがとう」
「こちらこそお招きありがとうございます」
 私はそう言って土産にと持たされた菓子折りを手渡した。ご当主はそれを受け取ると私を応接室に案内してくれた。いつもとは違う扱いに私はご当主を見上げた。
「今日はきみに会わせたい人がいてね。先に入ってもらっているから一緒に待ってて」
 いきなり知らない人と同じ空間に放り込まれるのは困る、と思ったが私は静かに「はい」と返事をした。
 応接室には一人の男の人がいた。栗色の髪にハシバミ色の目が印象的な人だった。こんにちは、と挨拶をすると、その人は私を見て目を見開いた。何かしただろうかと戸惑っていると彼は「志々雄さんにしてやられた……」と呟いていた。
「あなたは、六条院家のお嬢さんですね?」
「…………はい」
 名乗ってもいないのになぜわかったのかと私はためらいつつ答える。
「あなたはあの人たちによく、似ている」
 この人は叔父と父をどちらも知っているのだと理解した。私はその人に訊ねる。
「叔父のこともご存知なのですか」
「ご存知、も何も……」
 その人はそこまで言って口をつぐんだ。何か言いにくいことがあるのだろうと思った。
「言ってください」
「……あなたの叔父上は俺のパートナーです。ただ、今は中々会うのが難しい状況にありますが」
 私は初めて叔父のことを現在形で語る人に出会った。自分の疑問を口にする。
「あの、叔父は存命なのですか」
「ええ。ただこのことはお家でおっしゃらないようにしてください。特にあなたのお父上は苦しい嘘をあなたについていたと思いますので」
 その人は穏やかな口調で言った。私は叔父がこの人をパートナーに選んだ理由がわかった気がした。
「はい」
 私もまた父の困った顔を思い出して素直に答えた。そして別のことを訊ねる。
「いつか私も叔父に会えますか」
「難しいでしょうね。少なくともあなたがお家を出ない限り。そして出たからと言って必ずしも会えるわけではありません」
「わかりました」
 最後に、と言って私はもう一つだけその人に訊ねた。ドアの外には八条院家のご当主が控えている気配がした。
「あなたにとって叔父はどんな人ですか」
 私の問いかけにその人は穏やかな笑みを浮かべた。そして答える。
「一番大切で俺の道しるべになってくれた人です」
 私はその答えに大きく息をついた。父と同じ姿をした他人である叔父が鮮やかに見えた気がした。
「ありがとうございました」
 私が頭を下げるとその人は「こちらこそ」と言った。その時ふと私は気づいた。
「あの、叔父様のパートナーということはあなたも私の叔父様になるのですか」
「ん?! あ、そうか、一応そうなるか。ただ、それもお父上の前では言わないほうがよろしいかと」
 私は神妙な顔を作って頷いた。ドアの向こうでは八条院家のご当主が噴き出す音がした。
「必要があればきっと八条院家のご当主が連絡をくださいますので、それまではまた俺とあなたは他人でいましょうね」
「はーい」
 私はよい子のお返事をするとドアの向こうのご当主にむけて「終わりましたよ」と声をかけた。