Someday in the future

ピュア・ペネトレイション後日談の小話。

***

「……そんな仕打ちが許されるのか」
 親展と赤い文字が表書きにあり、厳重に封をされた封書を開封した松本が感情の抜け落ちた声で言った。内容に絶句したのちの第一声だった。執務室で封を開けるべきものではなかった、と後悔するが開けてしまったものはもうもとに戻せない。
「何が書かれていたの」
 誰も声をかけない中、松本の優秀な副官・浦志真がそっと訊ねた。だが、松本は彼に対して手紙の内容を明かすつもりはなく、首を横に振った。それだけで彼は察したらしく、それ以上の追及をすることはなかった。
「……マコさん」
「なあに?」
「時間給をもらっていいか」
 松本の申し出に副官は黙って是、と言った。以前は志登の行動を散々たしなめたものだが、自分が同じことをするとは思ってもいなかった。
「時間給と言わず、午後いっぱいどうぞ。そのまま明日も休んでいいのよ。休みも溜まってるんだし」
「……それは示しがつかなくなるからやめておく」
「あらそお」
 言葉が柔らかい彼だが、上背は一八〇センチを超えており、全身を覆う筋肉にも無駄がないタイプだ。気配りも細かく、仕事も早い。
「でも、力の抜き方は覚えてほしいわ。隊長が倒れると結局アタシが大変になるんだから」
「努力します」
 そう言って松本は赤い腕章を外すと、執務室を出て行った。とある事件で左膝に銃弾を受けて以降、ハンデを持っているが、それにしてはかなりスムーズな動きができるようになったと松本は自負していた。

 

 

 松本が慌ててやってきたのは、【中枢】地区のはずれにある小さな隔離宮のような場所だ。厚いコンクリートで造られたその建物は外の音を遮断する役割を持っている。ここに入れるのは松本と一部の医療関係者だ。
「ああ、来ると思っていた」
 松本が建物の一室を訪れるとその部屋の主――六条院は珍しく寝台の上で身体を起こして待っていた。神在の事件以降、後遺症としてひどい頭痛に加え、千里眼のようにあらゆる場所の情報が勝手に入ってくる状況に悩まされていた。本人曰く、椅子に座らされたまま百もあるモニターを一度に見ているような状況、らしいが、情報過多ともいえる状況では頭痛も起きるだろう。そのため、できる限り外界との接触ができず、情報の遮断ができるような場所を住居としてあてがわれている。
「もう、ご存知でしたか」
 松本の言葉に六条院は首を横に振った。
「遅かれ早かれそうなることは予想出来たはずだ。わたしも、そなたも」
 その言葉に松本はくしゃり、と届いた手紙を握りつぶした。それを見て六条院は言う。
「もうわたしに戻る家はない、ということだろうそれは」
「……はい」
「それでよい。ようやく、わたしは自由になれた」
「でも、」
 悔しいのだ、と松本は思った。ようやく自由になれたという彼の住居は独房に等しい。おそらくここから出ることは彼の体調が許さないだろう。だが、彼は穏やかな笑みを浮かべたままだった。
「わたしは、この自由を愛する」
「でも、俺は悔しいんです」
 家を出ると言った彼をずっと家に縛っていたものが、一方的に彼を突き放す。家の判断であることを頭では理解していたが、心が理解を拒む。誰もがきっと悪くない。だが、それで損をしているのは彼なのだ。
 彼は松本を手招くと、近くに座らせた。松本は傷一つない彼の顔に触れた。
「……いっそ傷でもついたから、という理由にしてくれた方がまだよかったですよ、俺は」
「それも悪くないな」
「……冗談ですよ」
 傷をつけるならその役目は松本に任せよう、と言う彼に松本はため息をつきながら言う。
「わかりましたよ。俺も自分以外にやらせたいとは思いません。それともう一つ、俺とのパートナーシップ契約は継続してください。そこまでの自由を俺は許すことができない」
「……わかった」
 少し不本意そうなその口調に、契約を解除しようと言われる前に先手を打ててよかったと松本はホッとした。
「俺とあなたとどちらが先に死ぬかわかりませんけど、」
 ――あなたの頭蓋を抱いて死んでやりたい。
 その言葉に彼はきょとん、とした顔をしたのち、肩を震わせて笑った。
「熱烈だな」
「そうもなります。今や俺たちはお互いがお互いを縛る枷なんですから。誰にも代わりが務まらない。いっそ〈アンダーライン〉も辞めて俺もこちらに住んだ方がいいかもしれないとまで思いますよ」
「それはだめだな。もう第三部隊はそなたのものだ。次の隊長にふさわしいものが出てくるまでは務めを果たすべきだ」
「もう引退しててもおかしくないくらい生きているんですけどね」
 松本も少し笑い、最後にもう一回だけ、と彼に訊ねた。
「家を恨んではいませんか」
「ああ。むしろ自由にしてくれて感謝している」
 当主によろしく伝えてほしい、と彼は言った。そして、ゆっくりと身体を横たえた。今日は普段の彼を考えるとかなり無理をしていたことがうかがえた。何もしなくとも情報が過分に入ってくる状況は脳を酷使する。今でもずっと栄養補給のための点滴が欠かせなかった。
「また来ます」
「ああ。あ、一つだけ。そなたの副官は本気でそなたに明日も休みを取ってほしいと思っているようだぞ」
「……善処します」
 まったくろくな情報を仕入れていない、と呆れる松本に彼はくすくすと小さく肩を震わせていた。