Case#1 櫻井
え? 勤め始めてから体験した怪奇現象を教えてほしい? あなたも変なこと訊きますね。……ああ、そういう編纂のお仕事ですか、大変ですね。全員に訊いて回るんですか? ますます大変そうですね。
俺が体験したことだとそうですね、いくつかありますが、一番困ったのは以前の隊舎の西階段ですかね。〈アンダーライン〉組織自体は〈世界を滅ぼす〉大戦の後すぐ組織されたので、建物も組織された当時に建ったと聞いています。それで、十年ほど前に築四十年になったのを機に今の隊舎に建替えられました。……ああ、話が逸れましたね、すみません。
その、以前の隊舎は長方形で長辺が東西に延びていました。当時の建築技術で建てられていますから、エレベーターなんかも後付けで出来ているような建物ですが、階段だけは中央と東と西と三つありました。中央と東の階段は建物の中にありましたが、西の階段だけは非常階段を兼ねていて、建物の外にありました。そうです、一般的な非常階段なので、ドアを開けて出るタイプですね。
それが、どういう条件か、まれに上っても下りてもどこの階にもつかないことがあったんですよ。屋内に入るためのドアなんかもまったく見つからなくて。建物側から誰かが開けてくれないとずっと帰れなくて、ひどいときは一週間くらい帰ってこれなかった隊員もいました。
俺も若いときに一度迷い込んだことがありましてね。上っても下りてもどこにもたどり着けない恐怖は底知れませんでしたよ。おまけに外にいて時間は経っているはずなのに、ずっと自分が外に出たときから時間が進まないんですよ。俺が迷い込んだときは昼間でしたが、これが夜だったらと思うとぞっとします。
ああ俺がどうやって戻ってきたかですか。たまたま稲堂丸隊長……そのときは稲堂丸先輩でしたか。まだ俺と同じ一隊員だった彼が俺の不在に気づいて、階段に繋がるドアを開けてくれました。俺が見つかったときには向こうで三日経っていましたよ。この階段の怖いところは、何日もいないはずの人間の存在が誰も思い出せないところにあるんじゃないかと思います。
え? 発生の条件?
そんなことを俺に訊かれても困ります。調べようにももうあの建物はありませんし、年嵩の隊員しか知らない話ですしね。稲堂丸隊長なら俺よりも年上ですし、勤続年数も長いですからご存知かもしれません。
俺はもう二度とあんな体験はごめんです。金をどれだけ積まれても断りますよ。
(終わり)