「一月三日、何か食べたいものありますか?」
松本がその問いを発したのは、十二月の下旬のある日だった。問いの意図がわからず、六条院は首を傾げた。
「……?」
「あ、何の日か分かってない顔してる」
そう言って松本はおかしそうに笑った。
「真仁さんの誕生日」
「……ああ」
ここ数年出勤日に当たっていたので忘れていた、と平気で言う六条院に松本は驚いて身体を浮かしかけ、机の天板裏にしたたかに膝をぶつけた。
「いってえ! ……じゃなくて、ほんとに? 俺がいたときはそれでもささやかに祝ってたじゃないですか」
「ああ、そうだったな」
六条院のさらりとした態度が気になり、松本はやや慎重に問いかけた。
「あの、もしかしてあんまり祝われたくない、とか」
「いや、決してそのような話ではなく、ああ、でもそれも少し、あるな」
わたしたちが生まれたのと引き換えに母は鬼籍に入った、と六条院は静かに言った。
「それゆえ、父はあまりこの時期体調がよくなかった。どうしても母を思い出すのだろうな。だからわたしはあまり誕生日に思い入れがないのかもしれない」
「それは、常仁さんも?」
「彼の場合はまた違う。新年のあいさつを兼ねた祝賀会が盛大に開かれるゆえ、もしかするとわたし以上に思うことはあるかもしれない」
六条院の言葉はどこまでも事実だけを淡々と述べ、哀愁の色は一切なかった。
「じゃあ、来年はおやすみになってますけど、特になにもしない方がいいですか」
松本の問いかけに六条院はしばらく考えていたが、やがて首を横に振った。
「すまない。その問いにはわからないとしか答えられぬ」
「わかりました」
松本は六条院の不明瞭な返事に対して「わからないことがわかったのでいいです」と答えた。
「でも、せっかくこっちに帰ってくるなら、何か作って待っていようかと思うので、希望があれば言っておいてください」
六条院は「食べたいもの、」とつぶやいてしばらくじっと目を閉じて考えていたが、やがて口を開いた。
「――何か、温かいものが食べたい」
「はい」
「……こんなに抽象的でよいのか」
六条院の言葉に松本はもちろん、と答えた。
「寒い日に温かいところでアイスクリームを食べたい人だっているでしょ。そういうのが一つわかるだけでもいいんですよ」
温かいもの、というのが何を指すのか松本も見当がつかないが、年の瀬と年の初めの喧騒をかいくぐって帰ってきた人間の心身をほぐせるものにしようと考える。年末年始の勤務の苛烈さは松本も経験済だ。
「じゃ、歳末のお勤めがんばってくださいね」
「……他人事だと思っているな?」