1. The Person who called DESTINY - 1/2

一、

 オーエン・ムーアの伴侶は変わり者だと言われる。
それは彼の伴侶――エルヴィス・サリヴァンが王の従兄弟でありながら、王位継承権を放棄したことに由来するかもしれないし、魔力を持たないにも関わらず、優秀な研究者として宮廷魔術師と呼ばれる地位にあることに由来するかもしれないし、一日中『研究室』と呼ばれる自室に引きこもっていることに由来するかもしれない。要するに変わり者だと噂される要素が多すぎるのだ。
 オーエン自身もそれは承知の上で、エルヴィスを伴侶としており、彼との関係を棄却しようとはこの十年一度も考えたことはなかった。
「エルヴィス、朝だぞ」
 オーエンの一日はエルヴィスを起こすところから始まる。魔力を持たないにも関わらず優秀な研究者として宮廷魔術師という地位にある彼だが、その生活はあまりに壊滅的だ。こうして『研究室』にある机につっぷして眠っているところを起こすのは日常茶飯である。オーエンが肩をゆすると、暗い茶色の髪がさらさらと揺れた。
「……なんだ、もう朝か……」
 オーエンに肩を揺さぶられて目を覚ましたエルヴィスはぎゅっと濃いオリーブグリーンの目をすがめ、眉間にしわを寄せていた。機嫌が悪いのではなく、単に朝陽がまぶしいだけだと知っているオーエンは構わず話しかける。
「今日は王族がみな集まる日だと言われていただろ」
「……そうだったか」
 王位継承権こそ放棄しているが、エルヴィスはれっきとした王族であり、その伴侶たるオーエンも共に出席することになっている。
「そうだよ」
 なあ、とオーエンはエルヴィスの侍従長であるエラに同意を求めた。主人の部屋の入口に控えている彼女は「そうです」と端的に肯定した。
「……朝早くから来た理由は?」
「俺にしかできない健康確認があるだろうが」
 そう言ってオーエンはエルヴィスのうなじに鼻を寄せたが、そこからはなにも香らなかった。エルヴィスはいやそうにオーエンから離れる。
「それも不要だと何回言ったらわかるんだ、オーエン。オメガとしての体調ならわたしが一番よく知っている。伊達に〈人〉の宮廷魔術師の名をもらっているわけではない」
「念のため、な」
「……信頼されていないようで不快だ」
「悪いが、これは俺も譲れない。エルヴィスの知識と経験はこの国で一番だと知っていても、〝伴侶として〟心配させてくれ」
 二人のやり取りを黙って聞いていたエラが小声で「そんなに心配なら同じところにお住まいになればよろしいのに」と呟いたのをオーエンは耳にしなかったことにする。住居を同じくしていない理由は二人ともにある。
 宮廷魔術師であるエルヴィスと近衛小隊長を務めるオーエンの住まいは分かれている。これは「仕事の場所も質も違うのに同じ場所に住むのは非効率だ」というエルヴィスの言葉に従って分けられていた。おそらくこれも変わり者だという噂を加速させる要素の一つである。
「じゃあ、俺はこれで。また時間の前に迎えに来る」
 部屋を出るオーエンをエルヴィスは不機嫌そうに見送った。

 〈金を生み出す国〉として名前を馳せるアーロム帝国に暮らす住人は、生物学上の男女のほかにアルファ、ベータ、オメガの三種類の区別をされる。人口の七割を占めるのは一般人とされるベータである。
 残り三割を二分するのが優れた身体能力および知性を持つアルファ、非常に高い生殖能力と知性もしくは魔法と呼ばれる特殊能力を持つオメガである。アルファとオメガという組み合わせであれば生物学上の性別に関わらず、生殖が可能であるのが特徴だ。オメガには『ヒート』と呼ばれる発情期が数か月に一度の割合で訪れる。その期間にはアルファに作用するフェロモンが放たれ、身体は本能的に生殖の準備に入る。先にオーエンがエルヴィスのうなじのにおいを確認したのはヒートの前兆がないかの確認である。
 アルファ、オメガとして生まれたものは基本的には宮廷で育てられ、齢十二~十五で遺伝子的に相性のよい相手を伴侶――番とする。そうすることで、ヒートの管理やフェロモンを無差別にまき散らしてしまう事故を予防し、優秀な能力を持つオメガをきっちりと管理できる……という効率的なシステムだ。
 エルヴィスとオーエンもそのシステムによって番になっており、番ってから十年と少しを表面上は平和に過ごしていた。

「ルカの横暴はなんとかならないのか」
 王宮の中枢部に向かう廊下でエルヴィスが言った。彼の機嫌が悪いのは滅多にしない正装が苦手であること(エルヴィスは装飾性が高い衣装よりも機能的な衣装を好んでいる)ときっちりと髪を結い上げられていることによる。王への不満を口にするエルヴィスにオーエンは注意する。
「おい、いくら従兄弟だからと言って国王陛下を呼び捨てにするなよ」
「わたしをたしなめられる立場か? 乳兄弟のお前こそ今でも私的な場では陛下のことを呼び捨てにしているくせに」
「なっ、どうして知っているんだ」
「知らないとでも思ったか」
 ふん、と小さく鼻を鳴らしたエルヴィスは鬱陶しそうに黄金とエメラルドをあしらったヘッドドレスの位置を直した。
 金の採掘と採掘された金の加工品は一大産業としてアーロム帝国を支えていた。アーロム帝国は海に面しており、金は海洋地下に眠っているものである。採掘だけではなく加工も手掛けるため、国内には優秀な職人が多数いる。その中でも最高峰の職人が手がけた高級品なのだから、もう少し丁寧に扱ってほしい、とオーエンは思った。
 中枢部の大広間にたどり着くと、すでに他の王族たちはほとんど揃っていた。王座からは離れた場所が二人の指定席だが、王座から距離があったとしても気持ちはまったく休まらない。エルヴィスは気を紛らわすように、横に座るオーエンの肌に入れられた蔦を模した刺青を見る。通常は近衛兵として王の近傍に控えるが、非常時には戦場を駆ける身であるオーエンには身元がわかるように額と頬にそれぞれ紋様が彫られていた。浅黒い肌に藍色の墨と短く刈られた白銀の髪が映えている。そしてなによりも目を引くのは琥珀色の瞳だ。
「〈人〉の宮廷魔術師殿、お久しゅうございますなあ」
 エルヴィスがぼんやりとオーエンを眺めていると横から声がかかった。
「〈地〉の宮廷魔術師殿もご健勝のことと存じております。しかし、今日はいかがされました? 呼ばれたのは王族とその伴侶と耳にしておりますが」
 宮廷魔術師と呼ばれる人間は三人であり、それぞれ天地人の名を冠している。〈天〉と〈人〉の宮廷魔術師は王族であるが、〈地〉の宮廷魔術師だけは王族ではない。その彼がこの場に呼ばれていることは通常ではありえなかった。
「いえ、わたしも呼ばれておりますよ」
 そう言って彼は王家の紋が入った通行手形を見せた。常時携帯しているものとは別の造りのそれは、たしかに彼が今日の招待客であると示していた。
「陛下が新しく伴侶を迎えられてそのお披露目をしたいのだとか」
「……陛下が?」
「まあ、わたくし程度が手に入れられる情報はたかがしれておりますけどね。ただ今日の集まりではわたくしを含めた宮廷魔術師に知らせたいことがあるのでしょう」
 エルヴィスは一瞬オーエンを見たが、オーエンも首を横に振った。どうやら初耳だったようだ。
「これは噂ですよ」
「まだ続きが?」
 暗にもう聞きたくない、と示したつもりのエルヴィスだったが残念ながら伝わらなかった。
「なんでもね、〝運命〟を見つけたとおっしゃっていたそうですよ」
「……運命」
 それほど衝撃的な出会いであったと喩えたいのだろうか、とエルヴィスは考える。近衛兵かつ乳兄弟でもあるオーエンが知らないことを普段は市井にいる〈地〉の宮廷魔術師が知っているというのは考えにくい。
「あくまで噂ですからね」
「ばかにならないうわさもありますでしょう」
「まあ真偽のほどはすぐに明らかになりますからね、そう焦らず待ちましょうか」
 〈地〉の宮廷魔術師はそう言うと口をつぐんだ。黙って会話を聞いていたオーエンは「平気か」とエルヴィスに訊ねた。
「……心配されるようなことは」
「ないとは言わせないぞ。顔色がよくない」
「平気だ」
 オーエンがなおも追撃しようとした瞬間、広間のドアが開く音がして王の到着が告げられた。

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