第四話 The gifted Child of God - 1/5

四、

 ――その日は夏の終わりの日差しが強く、暑い日だった。

「え、眞島副隊長のお父さんって〈中央議会所〉の副所長さんなんですか?」
 雑談から発展した話に眞島は苦笑しながら首を縦に振った。〈中央議会所〉は自警団〈アンダーライン〉の上位組織であり、人事決定などはすべてそこで行われる。その組織の副所長ともなると一介の〈アンダーライン〉隊員にとっては雲上人だ。
「生物学上はそうなる。ただ、私が幼いころに両親はパートナーシップ契約を解消しているし、母に引き取られた私は、父と顔を合わせる機会も少なかった。残念ながら父だという実感は薄いよ」
「ふうん、そんなものなんですか」
 東風が不思議そうな声で相づちを打った。彼は自らの両親を知らないためリアクションを取りづらいのだろう。
「でも、どうして同じ〈中央議会所〉に入ったんすか?」
「え?」
「いや、お父さんに憧れてとか、ツテがあって、みたいなことを言われるのかと思っていたので、少し意外だったんすよ。なにかきっかけでもあったんすか?」
 梶の疑問に眞島は昔を思い出す。なにがきっかけで〈中央議会所〉への就職を考えたのだったか――。
「学生のときに所属していた研究室の教授が推薦状を書くと言ってくれたからだ。父のことは残念ながら入るまで忘れていた。姓も為石《ためいし》から母方の眞島に変えていたから」
 自分が働く場を手っ取り早く確保したかったため、教授の申し出は非常にありがたかった、と眞島は思い出す。
「そうなんですね」
「ああ、為石という名前は何かあったときの伝手として役立つかもしれないから、伝えておく」
「はーい」
 役職のある人間は役職が通称のように独り歩きしてしまい、実際の名前が浸透しづらい、という弊害がある。眞島の父である為石はまさにその典型的なパターンであり、議会所の副所長という役職名での認知度が非常に高い。
「そういえば、今さらっすけど、眞島副隊長って大学で何を専攻されてたんでしたっけ」
「政治学がベースにあるけど、犯罪学を含めた広い範囲を専攻していたよ」
「あ、だから〈アンダーライン〉にも派遣されたってことなんすね」
 梶の言葉に眞島はうなずいた。現場での経験は少なくとも、現場への刺激になることは間違いないだろう、という思惑もあっての派遣だ。当初の目的は松本たちの監視だったとしても。
「とはいえ、理論が役立つことは極稀だから、あまり活かせていないのが現状だよ」
「でも、知っている、ということが武器になるって隊長もよく言われていますし、無駄にはならないと思いますよ」
 東風の言葉に眞島はハッと気がついたような顔をした。
「……うん、東風の言うとおりだな」
 自分で自分の経歴を貶める必要はなかった、と思い直し、眞島は東風にありがとう、と礼を言った。

 一週間後、〈アンダーライン〉第三部隊執務室にやってきた花江は応接用にセットされたソファで眠りこんでいた。
「……何しに来たんすか、この人」
「一応、報告に来たはずだが、来るなり『少し休ませて』と言ってそこから一時間ほどこの状態だな」
 呆れたような梶の言葉に六条院が答える。調査明けのハイテンションな状態でやってきたはいいが、そこが活動限界だったようだ。梶に続いて眞島が疑問を口にする。
「報告の内容は何を予定していたんです?」
「以前、未成年のハッカー四人組がいたという話をしたのは覚えているか? 国家機密に触れた二人は足がついて捕まえられたが、残りの二人は未だ行方がつかめていなかった」
 六条院の回答に、ああ、と梶は一年前を思い出したような声を上げたが、眞島は首を傾げた。
「そんな話、ニュースになっていましたっけ?」
「箝口令が敷かれたゆえ、一部の人間のみが知っていることだ」
 国家機密がハッキングされかけたという事実は報道するには体裁が悪い。そのため、〈アンダーライン〉所属で捜査に関わった隊員および〈中央議会所〉の上層部のみが知っている話だった。〈中央議会所〉の一職員である眞島の耳には入らなかったようだ。
「残る二人はしばらく活動を控えていたのか、科技研でしかけたトラップにも引っかからなかったが、つい二日前にトラップに反応があった。そこから花江が彼らの行方を追いかけていたが、今朝方ついに捕まえたらしい」
「そのトラップというのは何に反応するものなんですか?」
「端末の情報を盗むウイルスソフトの新型に反応するものらしい。わたしもよくわからないが、あの手のソフトの定型に当てはまらないものを検知すると言っていた」
 一度国家機密に直接ハッキングして足がつきかけた人間が次も同じ手を使うとは思えない、今度は間接的に仕掛けてくるはずだ、と主張した花江が独自に網を張っていたようだ。
「で、丸二日近く作業をしていた花江さんはこの有様、ということですか」
「残念ながらそうだな。元岡が報告は自分が送るから帰って休めと言ったそうだが、大丈夫だからと押し切られたようだ」
 先に報告の内容は元岡からもらった、と六条院は花江の調査結果をホログラムディスプレイに写した。少年二人の写真が投影される。外見に加えて下には【住】地区十九番街〈タウ〉の住所が書かれていた。
「この住所は?」
「大元のネットワーク契約者の住所のようだ。未成年というところから見ても、誰か青年の家族の住所だろうが、手っ取り早く身柄を確保するにはそちらの方が都合がいい」
「で、この住所区域の担当が私たち第三部隊なので、科技研から報告が来たんですね」
 眞島の言葉に六条院は黙ったまま首を縦に振った。
「すでに巡回チームには調査を実施するように指示をしておいた。【住】地区二十番街〈ウプシロン〉に連れて行く方がこちらに戻るよりも便利がよいため、話を聞くのは松本に一任する」
「わかりました」
「あとは、」
 六条院はそこで言葉を切って、ソファで気持ちよさそうに眠っている花江に視線を向けた。よほど疲れていたのだろう、寝返りすらうたず、すやすやと健やかな寝息を立てて眠っていた。
「花江をどうするかだな」
「水野さんに連絡したらいいんじゃないすか」
「彼女もおそらく仕事中だろう。ひとまず起きるまではここで寝かせると元岡に伝えておく」
 六条院は梶に仮眠室に置いてある毛布をかけておくよう指示をした。梶は、はあい、と返事をして仮眠室に毛布を取りに行った。
「懐に入れた人には意外と甘いんだな……」
「? 何か言ったか?」
 眞島のつぶやきをかすかに聞き取った六条院が振り向くが、眞島は首を横に振った。
「いえ、独り言です。私も仕事に戻ります」

 【住】地区二十番街〈ウプシロン〉に位置する〈アンダーライン〉支部には松本および隊員二名、そして同行を求められた少年二人がいた。年の瀬は東風と似たり寄ったりだろう、と推測する。
「はい、どうぞ」
 松本は二人の前に氷を入れた麦茶を置いた。通常の取り調べであれば飲み物は出さないが、あくまで今回は二人の少年の話を聞く、ということに重点がある。少年たちは警戒心をあらわにした表情で松本をうかがうが、松本は意に介さなかった。
「言っておくけど、俺たちはこの都市国家の正式な〝自警団〟の隊員だから、君たちに危害を加えるつもりはない。危害を加えても俺たちにはデメリットしかないからね」
 組織の信頼を落としかねない行為は絶対にしない、ときっぱり言った松本に気おされた少年たちは恐る恐る茶に手をつけた。それを見守って松本は口を開く。
「さて、君たちをここに呼んだ理由だけど、理由についてはなんとなくわかってるね?」
 松本の問いかけに少年たちは押し黙った。松本はにこやかに話しを続ける。
「初めにはっきりとさせておくと、君たちがこれまでにやったこと――国家機密にアクセスしようとしたことは犯罪だ。アクセス元を調査した物証もある。それでも逮捕に至る前にどうしても訊きたいことがあったから、こうして話を聞こうとしている」
 松本はここで一旦言葉を切ると、少年たちをじっと見つめた。
「君たちの後ろにいるのは誰だ?」
 静かな問いかけに、少年たちは二人とも何かに迷うように視線を動かした。
「目的もなく情報を収集するようなソフトを作るとは思えない。誰が、なんの目的で君たちに依頼をしたのかが知りたい」
 少年たちはようやく観念したように口を開いた。
「――オレたちに依頼してきたのは、神と名乗る女の人でした」
「神……」
 虚口(氷室)も逮捕された今、彼の名前が出るとは考えていなかったが、想定外の情報を出されて松本は面食らった。自らを神だと名乗るような女とは、どのような人間なのか。松本の脳裏には、神にも近しい研究成果を残して亡くなった米澤博士の面影が一瞬浮かんだが、すぐに振り払った。彼女は神ではなく、一人の人間だ。
「その〝神〟についての話、もっと詳しく聞かせてほしい」