夜のひと ――とある部下から見た二人
夜の匂いがする人、というのがその上官の第一印象だった。それは彼の持つ鴉の濡れ羽のような髪と目のせいだったかもしれないし、物静かな口調のせいだったかもしれないし、出自のせいだったかもしれない。きっと彼は夜に生まれたのだろうと思っていた。そんな話を彼とパートナーシップを結んでいるという別の上官にしたところ、彼は一瞬目を丸くしたあとに声を上げて笑った。
「他の人にはそう見えるのか、ちょっと面白いな。まあ言われてみればそう見えるかも」
「違うんですか」
「うん。事実生まれは早朝で夜明け前だったって」
意外だった。彼は話を続ける。
「最初の話だけど、俺にとっては夜明け前の匂いがする人かな。いつも新しいところに目を向けているけど、けして古いものを蔑ろにしない境目にいる人だと思うから。大事なものが何か、きちんと理解しているよ」
それは確かに彼の言うとおりだった。長く働いている隊員からも、若手の隊員からも慕われている。天秤を傾けすぎない人だと思う。
「夜勤してると夜明け前にも巡回に出るだろ? そのときに一瞬車からおりて外の空気を吸ってみてくれたらわかるよ、きっと」
彼は穏やかにほほ笑んでいた。年齢よりも随分落ち着いていると感じ――そういえば見た目以上に歳を重ねている特異な人だということを思い出した。
「あれどうしたんすか、寄り道なんて珍しい」
「トイレ休憩兼ねてだよ」
次の夜勤の日、ちょうど夜が明ける少し前に休息ポイントに寄った。自警団の人間であれば誰もが使用できる無人の休憩所であり、簡易食糧とトイレ、そして数や種類は限られるが備品も設置されている。
自動車の外におりて思い切り背伸びをした。胸いっぱいに深く空気を吸う。夏の夜明け前の空気は夜の深さを孕みながら、朝の爽やかさも含んでいた。まだ重たい空気の中に潜む静謐と鋭さを感じて、ああ確かに上官の言っていたことは正しかったと思う。
「先輩、コーヒー飲みますか?」
「ああ、ありがとう」
後輩が淹れたインスタントコーヒーの香りが鼻先をかすめる。その香りにまぎれて夜明け前の空気はすっかりわからなくなっていた。