夜煙
その日は珍しく事件が長引き、日勤で勤務をしている松本と六条院も夜遅くまで残っている日だった。用を足しに出ていた松本が深夜と早朝の間の執務室に戻ると、夜勤の隊員が「あ!」と声を上げて駆け寄ってきた。
「隊長がどこに行かれたか、ご存知ありませんか?」
「隊長?」
俺が席立つまではいたんだけどな、とつぶやいて松本が六条院の机を見ると一番下の引き出しがわずかに開いていた。
「あ、あー……。なるほど」
「? どこに行かれたかわかったんですか?」
「うん、わかった。ちょっと呼んでくるから待ってて」
松本はひらり、と手を振って執務室をあとにした。向かう先は建物の外の喫煙所だ。非喫煙者が多い組織だが、全員が吸わないわけではないため、喫煙所は用意されている。人間が一人入れるボックス型の喫煙所は、分煙の観点からも重宝されていた。五つ並んでいるボックスの右から二番目にいる人影を確認して、松本は近づいた。ちょうど背後から近づくことになり、松本はボックスをコツコツと軽くノックした。
「呼ばれてますよ」
ボックスの外から松本が呼びかけると、中にいた六条院はすぐさま煙草の火を消した。細めのしなやかな指に挟まれたスリムタイプの煙草が吸い殻入れに落ちていった。
「すぐに戻る」
普段はほとんど吸わない煙草だが、勤務が深夜に差し掛かるときだけ、極稀に吸うことを松本は知っていた。加えて彼にとって貴重な休憩時間であることも。だからこそあえて端末で連絡をせずに直接呼びにきていた。煙草の煙とそのにおいは、常人の倍は鋭い五感を持つ松本が最も苦手とするところだが、このときばかりは特別だ。
「もうひと踏ん張りですかね」
「山はわずかに越えたと思うが」
きっと家に帰るのは完全に夜が明けてからになるのだろうな。
わずかに白み始めた空を見ながら六条院はつぶやき、手にしていた煙草をポケットに押し込んだ。