第四話 Eternal Dolls - 1/8

四、

――その日は晩秋の小春日和だった。

「――集団自殺?」

あまり耳にしたくない単語を朝から聞かされて、松本は眉をひそめた。松本に話を持ち掛けた櫻井は、手元の資料に目を落とす。

「はい。最近ちょっとずつ起きてるんですよ。集団といっていいのか微妙ですけど、二、三人で自殺しているのが数件」
「……冬は増えるって言うけど、なんか変な案件ですね」

松本は首を傾げながら言う。櫻井は少しあたりを気にしながら松本に耳を貸してくれと言った。素直に松本は身体を少し傾ける。

「聞いた話だと、自殺した人間の見た目と身分証の年齢が一致してないらしいんですよ」
「え?」
「見た目は、三十代~四十代くらいの人間なんですけどね、傍に落ちていた身分証の生まれ年から計算すると大体七十~八十歳くらいになるらしいんです」
「戸籍は?」
「今、手分けして調べてます。〈ミドルライン〉にまで行く案件かどうかは今のところ不明です」

アンダーラインの事件担当期間は一週間程度だ。その間に事件が解決しなければ調査機関〈ミドルライン〉に移管される。

「わかりました。なにか申請や許可が必要な案件があったら、俺のところに持ってきてください。早急に対応します」
「今日は隊長休みですもんね。わかりました」

〈アンダーライン〉は二十四時間三百六十五日休むことなく稼働している。基本的に副隊長以上も日勤と同じサイクルで回るが、休日出勤は振替で休みを取る必要があった。特に隊長ともなるとたまりにたまった振替休日が存在する。六条院も労務から「いい加減に消化してください」と怒られての本日は強制休暇である。

「副隊長職を二人にするか、俺と隊長の勤務形態を変えるかしないと回りませんね」
「今度〈中央議会所〉に提案してみますか?」

櫻井が〈アンダーライン〉における最高決定機関の名前を出す。養成機関への入学、卒業の決定をはじめとし、〈アンダーライン〉における人事なども決定する機関だ。

「ああ、総会もそろそろでしたっけ。案を出すだけ出してみましょうか」
「出しましょう。この間怒られたのは隊長だけでしたけど、副隊長もだいぶ振替休日たまってますからね」

櫻井にひと睨みされたが、松本は黙って肩をすくめた。

「休日、あんまりやることないから別に構わないんですが」
「それが休むってことなんですよ」

なにか趣味でも探そうかな、と松本が考え出した瞬間、通信が入った。

『――〈タウ〉巡回チームより本部へ。連続発生している集団自殺に関連するとみられる男性の遺体を複数発見しました。至急、検死人員の派遣を頼みます』
「本部了解。すぐに手配する」

松本は通信を切ると、小さくため息をついた。

「いつまで続くんだろうな、この事件」
「……早く、終わるといいですね」

櫻井の慰めにそうだな、と返事をして松本は科技研に連絡を取るために端末を取り出した。

 

 

『――例の集団自殺の続きと考えるべきでしょうね』

数時間後、現場に派遣された元岡から松本のもとに連絡が入った。

「やっぱりそうですか」
『先に起きた件といい、この件といい、どう考えてもご遺体が不自然です。たとえ、外観が若いとしても、臓器は生きてきた年数に応じて消耗しているはずですが、一連のご遺体の臓器は、年若い健康な人間のものにしか見えません。そこに矛盾が生じます』

そこで元岡は一度言葉を切った。

『……松本副隊長も、私の出自をご存知だと耳にしたので言いますが』
「あ、あー……その、不可抗力だった、というのは言い訳させてください。すみません」

松本が謝罪をすると、通話の向こうで元岡は気にしていません、と口にした。

『どうせ彼が口をすべらせたんですよね? だから言いますが、昔の清塚の研究が絡んでいると思います。私も詳しいことは知らないので、言えることは少ないのですが』

櫻井がいたため、朝は松本も口にしなかったが、最初に耳にしたときから、数か月前の六条院との会話を思い出していた。〈世界を滅ぼす〉大戦のときに盛んに研究されたという『抗老化医学』および『超回復』。研究の効果確認の一環として人体を使った実験が行われていても不思議ではない。なにより、見た目が二十から三十代で、実年齢が七十から八十代――五十年前に起きた〈世界を滅ぼす〉大戦と時間のつじつまがあってしまう。

『通常ですと許されていませんが、緊急事態ですし、私から兄へ連絡を取ってみます。もし、難しい場合は六条院隊長にお願いしたいのですが、可能ですか』
「今日は不在にしていますので、明日以降なら可能です」
『わかりました。私の方もある程度時間がかかると思いますので、進展があり次第ご連絡します』
「助かります。よろしくお願いします」

松本は通話を終了させると、息を吐きだした。松本以外の人間がいない本部に呼吸音だけが静かに響く。

「……もう少しで届くかな」

小さくこぼした松本の一言は、誰にも拾われることなく、床に落ちて消えた。