第四話 Eternal Dolls - 2/8

「――【住】地区十九番街〈タウ〉で発見された男性二名の遺体は死後数日経過しており、身元がわかるものが近くにありました。これまで発見された八名と同様に、見た目と身分証の年齢が一致していません」

隊長と副隊長の前にいるからか、やや緊張した面持ちで桑原が話を始めた。先日の密造酒事件から無事に復帰し、現在も坂本とペアを組んでいる。

「他の遺体とともに毛髪と臓器を調査してもらったところ、すべての遺体からタリウムが検出されました」

桑原の言葉に、六条院が眉をひそめる。

「タリウムはもう、一般の人間の入手は難しいはずだが。たしか、数年前に農薬や殺鼠剤としての使用は全面的に禁止されたと聞いている」
「ええ。隊長のおっしゃるとおりなんですが、あくまでその使用禁止は「製造」での使用禁止と「販売」の禁止で、手元にあるものの使用までは禁じていないんです。ほかの地区の入手経路は不明ですが、〈タウ〉においては、農作をする人も多いですし、古いものが残っていてもおかしくありません」
「そうか」

よく調べてあるな、と続く六条院の言葉に桑原ははにかんだ。

「それから、タリウムだけじゃなくて、ほかにも不思議な結果が出てまして」
「一連の遺体の中にはトリカブト毒とフグ毒が検出された人もいたようなんです。今回の遺体からはタリウムだけが検出されましたが」

桑原が続けた内容に今度は松本が眉をひそめ、ぼそり、とつぶやいた。

「……保険、か?」
「え?」
「いやなんでもないです」

松本はとっさに誤魔化すように手を振ったが、その様子を見つめる六条院の目は「あとで追及をするぞ」と語っていた。

「二人はタリウムの入手経路を調べられるところまで調べて、〈ミドルライン〉に引き継ぐ準備を整えるように。農薬の線が濃いのならば、近隣の空き屋の物置などに放置されていた可能性が高い。……本音を言えば、松本を同行させたいところだが」

六条院はそこで言葉を切って松本を見つめる。松本は慌てて首を横に振った。

「いや、さすがに無理ですよ。蓋を閉めて保管してある農薬のにおいまではわかりません」
「冗談だ。そなたには別件で話がある」
「……隊長の冗談は冗談ってわからないんですよ」

松本はぼやきながら、桑原と坂本がまとめてくれた資料を端末に保存した。

「じゃあ、二人ともなにか許可が必要なことがあれば、遠慮なく俺か隊長に連絡を入れてくれ」

よろしく頼むな、と付け加えた松本に二人は「はい」と返事をして隊舎を出て行った。
隊舎には松本と六条院だけが残される。先ほどまでとは違い、ピンと張り詰めた空気が満ちている。

「松本」
「……はい」
「先ほどの発言について、詳しく。わたしにわかるようにきちんと説明をしろ」

六条院の言葉は普段と同じく冷静な響きだったが、その裏には怒りがあると松本は感じ取った。

「保険、というのはどういう意味だ?」

そう訊ねられて、松本はうっかり口をすべらせたことを後悔した。六条院はあえて静かに訊ねているが、その裏に押し込められた激しい感情があると感じ取れない方がおかしい空気を漂わせていた。

「言葉通りです。隊長も気がついていますよね。彼らは、おそらく〈世界を滅ぼす〉大戦で作られた〈実験体 〉だろうと」
「……そうだろうな」

六条院の同意に、松本は小さくうなずき、「ここから先は俺の想像、いや、妄想といっても過言ではない話ですが」と前置きして続きを話し始めた。

「あの姿のままもう五十年は生きているなら、この世を倦んでもしかたがない。多分、しばらくはあの姿でもよかったでしょう。ただ、実年齢と外見の差が離れすぎては身分証を持っていても怪しまれる。他人には言えない。家族は……いたかわかりませんが、いたとしても一緒には暮らせない。要するに彼らには居場所がなかったんです」
「……」

恐ろしいほど、松本の言葉には説得感がある、と六条院は感じた。当事者なのだろうか、と思わず六条院に思わせるようなその言葉に、黙ったままでいると、松本は再び話し始めた。

「どこで見つけたのか、元々知っていたのかは知りませんが、タリウムで死のうと思ったんでしょう。ただ、あれはそんなに早く死ねるものではないし、最後のひと押しとして猛毒を持っていた可能性があると思ったんです。確実に死ぬための、保険、です」

松本の言葉は最後まで静かだった。

「……そうか」
「あくまで俺の想像ですからね」

松本は付け加えた。六条院は松本の言葉をしばらく吟味した後、口を開いた。

「……話が上手だったので一応訊いておくが」
「はい」
「実体験では、ないな?」

六条院の目は心配の色をたたえていた。松本はにこり、と微笑んで返事をする。

「はい。違います」
「そうか。それならば、よかった」

張り詰めていた空気が緩む。松本はほっと息を吐いた。

「ところで松本」
「はい」
「元岡から連絡はあったか」

昨日兄へ連絡を取ると言っていた元岡からは未だ連絡がないことを告げると、六条院はため息をついた。

「やはりな」
「どうします? 昨日の元岡さんは難しい場合、隊長に頼むって言ってましたけど」
「待てないな。わたしから連絡を取ってみる」

使えるものは使う、と宣言した六条院らしい発言だと松本は少し笑ったが、そのあとで笑顔を引っ込めた。

「え、待ってください。隊長は一度、その家に行くのを拒否してここにいるんですよね。そんな人に間接的とはいえ連絡を取るの気まずくないんですか」
「人が十人も死んでいる今、些末なことだ。それに、その発端が例の研究にあるのだとすれば、話を聞くのは当然のことだろう?」

六条院はそう言うと、端末を取り出し、どこかへ連絡をとり始めた。名前こそ呼ばないようにしているようだが、敬語で話をしているため兄の常仁に連絡をとっているのは明白だった。しばらくして通話を終え、六条院は松本を振り返る。

「話をする許可を取り付けてもらうよう依頼をした。そなたは元岡に連絡をして、こちらで交渉を引き受けることを伝えてくれ」
「承知しました」

松本の返事を受けて、六条院はもう一つ、と言った。

「依頼が通れば、近いうちに【貴賓】地区に行くことになる。その時は南方隊長に連絡を取ってくれるか。彼がいてくれた方が【貴賓】地区は歩きやすい」
「はい」

厳重で肩がこるな、と言う六条院に松本は苦笑した。

「しょうがないんですよ。みんながみんな、隊長みたいにお強いわけではないし」
「……そうだな」

まさか短期間でこんなにも【貴賓】地区に足を踏み入れることになるとは思わなかった、とややうんざりした様子で六条院は言う。

「珈琲でも淹れましょうか」
「……頼めるか」

松本の申し出を素直に受けるのも珍しい。六条院がブラックを好むことは知っていたが、今日は少しだけ甘くしようと決めて、松本は給湯室へと向かって行った。