第四話 Eternal Dolls - 3/8

「え、許可出なかったんですか⁈」

翌日、松本の問いかけに六条院はうなずいた。やるせないといった表情の彼に、相当難航したのだろうと松本は推測する。

「わたし個人の判断で清塚にも連絡を取ったが、八条院家の許しなしに話すことはできないと断られてしまった。よほど明かせない何かがあるのだろうか」

悔しそうな六条院に松本は「この人でもどうにもならないことがこの世にはあるんだな」と別のところに感心していた。〈アンダーライン〉の中では別格のツテを持っている彼でもだめとなるともういよいよ打つ手がなくなってしまう。

「せっかく、いろいろわかると思ったんですけどね」
「まったくだ」

六条院は吐き捨てるように言った。感情の起伏を(おそらく意図的にだろうが)見せないようにしている彼にしては本当に珍しい。
松本は休憩にしましょうか、と宥めるように言って、最近櫻井が置いていってくれた高級な玉露に手をつけた。茶に関しては松本が淹れるよりも六条院が淹れた方が圧倒的に美味だが、背に腹はかえられない。どうぞ、と言って湯呑を差し出すと、案の定、六条院は少しだけ顔をしかめた。教えてもらった手順は違えていないはずだが、どうやら、松本の手では茶本来の魅力を引き出しきれなかったようだ。

「振出しに戻っちゃいましたね」

そう言って松本は茶請けに出した煎餅をかじった。パリン、といい音を立てて煎餅が割れる。薄味のそれは一部の隊員にはウケが悪いが、松本が気に入って買ってくるために、もはや第三部隊の常備菓子のようになっていた。

「……いや、振出しに戻るほどではない。彼らの協力が得られないとわかった以上、我々ができることはすべて行う。もしその過程で彼らに不都合なことがわかったとしても、それは協力しなかった彼らが悪い」
「まるでヤクザの理論ですね」

六条院の発言に松本はあきれた。
昇進した当時の自分に伝えたらきっと驚くだろう、と思いながら、松本は茶をすすった。その瞬間、受信機がザザ、と小さな音を立てて通信の開始を伝えた。

『――坂本より本部へ。先日遺体で発見された男性二人のうちどちらかが書いたと推測される手記を発見しました。至急、本部へ戻ります』

新情報の発見報告に松本と六条院は思わず椅子から立ちあがる。勢いが良すぎたようで、松本の椅子は派手な音をさせて床に倒れた。

「本部了解。よくやった」
『ありがとうございます。三十分で戻ります』

タリウムの入手経路や、彼らの根城となっていただろう場所を地道に探していた二人からの朗報に、ホッと胸をなでおろした。

「これが、大きなヒントになればよいのだが」
「……そうですね」

松本は相づちを打ち、桑原と坂本が帰ってくる頃に合わせて今度は珈琲を淹れておいてやろうと考えた。

 

 

ここ数日、桑原と坂本は〈タウ〉の空き屋リストアップし、地道に調べて回っていた。なんとしてでも手がかりを集めようという意地が五割、自殺である以上〈ミドルライン〉に引き継いだとしてもまともに調査が継続する見込みが低いことへの危惧が五割という精神的にも時間的にも(一週間のタイムリミットは簡単に過ぎてしまう)追い込まれた状態であったが、二人の調査は丁寧だった。

「ここの空き屋だけ、きれいだったんです。他は埃だらけで入れたものじゃなかったんですけど」

そう言って桑原が写真を見せ、坂本はビニール袋に入れられた手記を差し出した。桑原が見せた写真には、室内のところどころの埃が払われた形跡、床に残っていた足跡などが写っていた。足跡については現在鑑定を依頼しているという。

「……電気や水道は?」
「契約も切られていましたし、使用された形跡はありませんでした。おそらく、本当に最期の時を過ごしただけだろうと思われます」

坂本が桑原の横から補足する。

「それとこれが」

納屋から出てきました、と言って坂本は端末の中の別の写真を見せる。写っていたボトルの文字はかすれていたが、タリウムが入っていた農薬のボトルだと推測できた。

「これも回収して、指紋の鑑定をしてもらっています。多分、発見された二人のうち、どちらかのものが出るでしょう」

報告は以上です、と言った二人に六条院はわずかに表情を緩めた。ようやく光が見えたことでホッとしたのは調査に出ていた二人も、本部に残っていた二人も同じだった。

「時間が限られている中でよくやってくれた。残りはこちらで解析を行うゆえ、そなたらは今の画像の共有と夕勤部隊へ引継ぎをして帰宅せよ。ここ数日、超過勤務ばかりで苦労をかけたな」

六条院からの労いの言葉に二人は、ばね仕掛けの人形のように勢いよく首を横に振った。

「いえいえそんな。隊長の方がお休み取ってないでしょう」
「そうですよ。この間も労務から怒られたって聞きましたよ」

桑原の言葉に六条院の目が松本に向くが、自分が広めたわけではない、と首を横に振った。平日に私用でもないのに休みを取る六条院を心配して声をかけてきた隊員たちに櫻井が説明をしていたのが真相だ、と松本が簡単に説明をすると六条院は渋々といった面持ちで引き下がった。

「……とにかく、今日は早く帰ってしっかり休め」

強引に話をまとめて二人を帰そうとする六条院の背中を松本は見ていた。二人が本当にいいのだろうか、という顔をするので、六条院の背中越しに松本はうなずいた。
それでようやく二人とも帰る気になったようで「お疲れさまでした」と口々に言ってロッカールームへと向かって行った。
その場には、松本と六条院だけが残る。松本はぱらぱらと手記をめくっていたが、紙から漂う湿っぽいにおいに耐え切れず、途中でリタイアしていた。

「……これ、相当古いインクで書かれてますよ」

鼻をつまみながら松本が言うと、六条院も少し不快そうに顔をしかめながら

「だろうな」

と返事をし、手記をめくっていった。

 

『今日から死ぬまでの間、記録をつけておくことにした。どうせ私たちが死ねば明るみに出ることなのだから、それが遅いか早いか、あいまいか明確かの差だ。この記録を適切に活用してくれる人に見つけられることを祈る』

そんな書き出しで始まっている『記録』の文字は意外にも読みやすかった。

『私たちは遺物だ。〈世界を滅ぼす〉大戦が起きた当時、『抗老化医学』の研究へ協力すれば一生食うに困らない金を支払うと言われ、私たちは実験へ協力した。私たちは皆、家族もなく、不治と言われた病を得ていた。『抗老化医学』の手法を用いれば病も治る可能性があり、その後も一生食うに困らないのであれば協力しない理由はなかった』

 

「……なるほど、そういう協力、か」
「〈世界を滅ぼす〉大戦前後で治癒が可能になった病はいくつかある。それらのどれかに罹患していたとみるべきだろうな」
ページをめくる。

 

『病は治った。実験も成功した。無事に契約上の金も振り込まれるようになった。〈世界を滅ぼす〉大戦も終わった。私、いや私たちは自由になった。……そう、思っていた。
私の自由は束の間だった。十数年もすれば、『抗老化医学』の成功例であるために年齢と見た目が合わず、世間に溶け込んで暮らしていくことはできなくなった。世間は五十歳を過ぎても三十代前半の見た目をしている私を認めない。『抗老化医学』の成功であることは口外できない契約になっている。【住】地区六番街〈ゼータ〉だけが私の居場所だった。ここは、私たちに介入しない。だが、そこでの生活もいつしか倦んでいた。気がつくと死ぬことばかり考えている。――そんなとき、私に声をかけてきたのが〝センセイ〟だった』

 

「医者?」
「……いや、決めつけるのはまだ早い」
またページをめくる。

 

『センセイは私たちを探していると言った。ひどい仕打ちを施してしまった、と涙ながらに謝罪をされた。私はその謝罪を受け取らなかった。私も、リスクを知らないまま病が治ればいいとその気持ちだけで承諾をしてしまったのだから、同罪だ。センセイは、私の同胞たちを集めては、最期を迎えるための手伝いをしていると言った。私はその言葉を聞いた瞬間、心の底から笑った。安堵の笑いだ。――これでようやく、終止符を打つことができる。そう思えてとても嬉しかった。以降は、私が死ぬまでの体調の記録である。つまらない記録だろうが、何かの役に立てば幸いだ』

 

以降のページには、その日の天気と体調の良し悪しだけが記録されていた。これ以上の手掛かりが手記に残されている可能性は低い。

「そなたの見立てが近かったな」
「……」

松本は深く息を吸うと「当たっててほしくなかったなあ」と小さくつぶやいた。だが、事態は松本の予想より深刻だった。

「ここに書かれていることが事実ならこの〝センセイ〟は自殺ほう助で裁かれなければならぬ」
「ただそのセンセイがどこの誰かわからない、と」
「そうだな。検討はつくが、核心には至れない」

せっかくヒントが眼前に転がっているのに、と二人は重たいため息をついた。

「俺たちも、帰りますか?」
「そうしよう」

久しぶりに早い時間の帰宅だ、と思いながら松本が荷物をまとめようと立ち上がった瞬間、端末が着信を告げた。相手の名前は『元岡』と表示されていた。どうしたことか、と通話を開始すると、電話の向こうかから息せき切った口調で元岡が話し始めた。

『――今、兄から連絡がきました。今からそちらにうかがいますので、少しお時間いただけますか。六条院隊長がいらっしゃればご一緒に』