最終話 Good-bye to Brilliant white days -Closing- - 1/4

六、
 
「クッソ、やられた。またかよ……!」
「しかも前回より性質が悪くなってますね」
 悪態をつく志登の横で、冷静に雷山が指摘した。前回は組織を外れる意思表示をしたうえでの単独行動だったが、今回は退職の意思表示は見当たらなかった。しかし、居場所が知られないようにとしたのか、端末は残されている。
「でも多分これは、志登隊長を守るためね」
 浦志の言葉に志登はため息をついた。
「……わかってる。俺は〝知らなかった〟ってことにしてえんだろ」
「知らなかったことにしたいってどういうことですか」
 図らずも話に巻きこまれた徳永は志登に訊ねた。志登は思わず浦志に視線をやる。
「あ? あいつ隊員に言ってねえのかよ」
「まあ知ってる人は知ってるけど……もうそんな人も少なくなったわね。隊長も積極的に明かしたいわけじゃないみたいで」
 それにアタシも無理に明かす必要はないと思うし、と浦志は付け加えた。
「まあ、それはそうだ。とはいえ、もうそんなに前になるんだったか」
「そうよ。稲堂丸隊長だってまだいらしたし、志登隊長も三雲隊長も副隊長だったし、随分前になるのよ。アタシも車両整備の方にいたから詳しい話は知らないし。多分雷山と志登隊長の方がよくご存じじゃない?」
「……よくご存じもなにも、俺と雷山は一番巻き込まれたんだけどな」
 やれやれ仕方ないな、と肩をすくめて志登は徳永に向かって話し出した。
「まあ、要約すると、とある事件があって以降、松本に単独行動は許されなくなった。アンダーライン監視下にある時は別だがな」
「監視下にあるって、どういうことですか」
「こういうことだよ」
 そう言って志登は自分の端末を操作した。ぴこん、と電子音がして、松本が置いていった端末の画面が点灯し『現在地を送信しました』とメッセージが出た。
「……」
 監視下に置かれている、と言われた意味がいやというほどわかってしまう。それをよしとしていた松本にも、当然のように監視者としての役割を果たしている志登にも腹が立った。
「優しいな。そんな顔するなよ」
「……どんな顔ですか」
「不満そうな顔」
 案外松本のこと好きなんだな、と言う志登に「それはセクハラになるわよ」と浦志がつっこんだ。
「まあ今回は仕方ねえな。多分松本のことは俺たちじゃ追えない。追えるとしたら一人しかいねえけど……期待はできそうに、あ?」
 志登は黙って自らの端末をその場の全員に見せた。着信を表す画面が表示されており、そこには『六条院隊長』と名前が出ていた。以前の登録のまま変更されていない名前に雷山が「なんでそのままなんですか」と突っ込みを入れたが、今、言及すべきはそこではない。
「出るべきだと思うか?」
「無視したら後が怖いわよ、きっと」
 志登は端末を松本の机の上に置き、おそるおそる通話ボタンをタップした。流れるようにスピーカーホンに切り替える。
「もしもし」
『――目を離したな?』
 面白がるような第一声だったが、その奥にはトゲも潜んでおり、志登は、やっぱりこの人にはバレてたな……と思ったが、黙って続きを待った。
『本当はもっと早く連絡したかったが、なかなか許しが出なくて困った』
 苦笑交じりの声の後ろから『何言ってるんですか⁈ 半日以上鼻血が止まらないのは異常なんですよ!』という悲鳴のような声が聞こえ、その場の全員が声の主に対して深く同情した。
「でも、あなたが連絡してくれたってことは何かご存じなんですよね?」
『ヒントはある。だが、……松本をそのままにしてやれないか』
 追わないままでいられないか、とほのめかす六条院に、志登は眉間にしわを寄せた。志登の六条院に対する評価は〝無理なことを無理に押し通そうとしない人〟である。そんな人間らしからぬセリフだった。
「そのままにするってことは俺も処罰対象になるってことなんですけど。正直今はまだ後進も育ち切ってないですし、無理ですよ」
『……そうだな、すまない。忘れてくれ』
「いえ。それで、あいつは今どこに?」
『わたしに『視』えたのは、暗い屋内だけだ。もしかすると、』
 ――【地下街】かもしれない。
 その言葉に全員が息を飲んだ。
「【地下街】への出入りって厳しく制限されていますよね?」
「ああ。ただ、制限されているからと言って、全く入れないわけじゃねえ。行き来の記録こそ取られているが……記録を見るまでが骨だな」
「でも志登隊長が指示すれば、みんな入れますか……?」
「そうは言ってもな……あそこは必要最低限の人員しか入れられねーんだよ」
 志登はそう答えて、端末先の六条院に向かって再度話しかけた。
「ご連絡ありがとうございました。ちゃんと安静にしてくださいよ。体調崩してたなんてことになったら松本が怒りますから」
『善処しよう』
「善処じゃだめなんですってば」
 あんたら二人年々似てきますね、と思わず文句を言った志登に六条院はこらえきれない笑いを一つこぼして通話を切った。
 深いため息をこぼした志登に徳永がおそるおそる訊ねた。
「あの、【地下街】って……」
「ったく、近頃は【地下街】の存在まで隠蔽するようになっちまったのかよ。【地下街】ってのは、〈世界を滅ぼす〉大戦後にできた都市国家〈ヤシヲ〉最大の秘密だ。ここまでに聞き覚えは?」
 志登の問いかけに徳永は首を横に振った。養成機関でも成績優秀であり、現在も優秀な彼女が知らないということは【地下街】の存在は完全に秘匿されていると考えてよかった。
「じゃあついでだから教えておく。【地下街】ってのは〈世界を滅ぼす〉大戦で色々あった遺物を……保管といえば聞こえがいいが実際は遺棄する場所だ。汪幽教なんてのはその最たるもんだ。おそらく大戦前に活動していた人間ごと【地下街】に沈められている。沈めるってのは比喩だけどな。そういうわけで、松本が【地下街】に行っている、という推測は九割五分正しい」
 あいつにとっても縁が浅いわけじゃないのによく行ったな、とつぶやいた志登の一言を徳永は聞き逃さなかった。
「縁が浅いわけじゃない?」
 思わず徳永がおうむ返しに言うと、志登はしまった、といわんばかりの顔をした。頭をがりがりとかきながら言う。
「……怒られっかな、俺」
 探るような目つきで志登は浦志に訊ねた。浦志は「そうねえ」と前置きしたのち、
「いいんじゃないの? 隊長も言うタイミングをはかってたみたいだったから」
 と答えた。
「怒られるときには一緒に怒られてくれよな」
 口が滑ってばっかだな、俺、とぼやいて、志登は話し始めた。
「詳しいことは話せない約束になってるから、事実だけを端的に言う。あいつは昔、【地下街】にいたんだ。あまりいい思い出じゃないことは確かだから、誰もそれには言及しないけどな。ただ、【地下街】にいたってことは、中を知ってるってことだ。今の部隊長の中で自由にあそこを歩けるのは松本しかいない。下手に【地下街】に下りても足手まといになる」
「……」
「つーわけで、今回は待機が基本スタンス。俺たちは【地下街】と【中枢】地区をつなぐゲートの前で待機する。ただ……悪いが、徳永はここで待機だ。この状況を知っている人間が誰かひとり、本部で待機する必要がある」
 志登の言葉に徳永はぎゅっと拳を握りしめた。本音を言えば、志登や浦志に続いていきたかったが、今日の徳永はバディを組む相手もおらず、待機の役割を果たすのに絶好の日だった。
「了解しました。私はここで待機します。何かあれば連絡を、ください」
 悔しい気持ちを抑えながら、徳永は言った。
「頼む」
 志登は一切謝罪をしなかった。それが今の徳永にとってはありがたい。思えば徳永に第二部隊からの異動を指示したときも志登は〝悪いけど〟という枕詞を付けることはなかった。心からその指示が正しい、と思っているのであれば、隊員である徳永はそれに応えるまでだ。
「よし、じゃあ行くか」
「ええ。大きめの自動車出すわ」
 申請出してくるわね、と浦志が腰を上げた瞬間、志登の無線機にザザッとノイズが入った。
「――志登さん、聞こえる?」