第三話 雪消 - 2/4

 ふと気づくとメルは、祖国の祭儀を執り行う部屋――祭儀の間――にいた。夢だ、と直感する。だが、夢の割には妙に寒さが本物に近く、メルは両手をこすり合わせた。ボルガ王国の気候においてこんなに寒くなることは考えられない。
「……!」
 隣を見てメルはびくり、と身体を震わせた。血の気を失った青白い顔の少年の遺体が棺の中に入っている。まだ祖国を後にしてから少ししか経っていないが、遺体に直面するのは随分久しぶりに感じた。
(……かわいそうに)
 メルは棺の中の少年の頬を撫でた。硬く乾いて、冷たい頬だった。寒冷地であるがゆえに、年若くして命を落とす子どもは珍しくない。特に、番を持たないまま亡くなった未成年のアルファは、死後安らげないとされ、一晩、祭儀の間でメルがそばで一睡もせずに過ごすことで弔う。誰も訪ねてくることのない静かな祈りの時間だった。何も後ろ暗いことはなく、特別なこともない。だが、メルが一人で執り行っていたこの孤独な儀式は、人々の間に不要な憶測を呼ぶには十分だった。
 死の穢れに触れるオメガとして、市井の人々はメルのことを避けた。メルの前に同じことを執り行っていたのは、師父の年の離れた妹――メルから見れば叔母に近い関係――であったが、役職がもたらす孤独に耐えきれず、自ら命を絶ったと聞いている。彼女のことを可愛がっていた師父だったからこそ、メルには同じことをさせたくないと思い、他国に嫁ぐよう仕向けたのだろう。師父によってよくよく考えられていたことを思い知る。
(でも、)
 メルは再びかたわらの少年に目をやる。寒いあの国で、命を落とした子どもをどうして弔わずにいられるだろうか。死後向かうとされているニラエの地で、少しでも安らかにあるように祈ることは、メルにとって適職だった。
(この子どもが、ニラエの地で安らぎを得られますように)
 夢であってもそう祈らずにはいられなかった。

「ッ……!」
 メルが目を覚ますと、ようやく見慣れてきた天井が目に映った。心臓の鼓動が妙にうるさい。夢であったことに安堵しながら、メルが身を起こすと、コンコンと控えめなノックの音が聞こえた。
「メル様、よろしいでしょうか」
「ああ」
 聞こえてきた声はサンドラだった。石英で作られた時計を見ると、眠っていたのはほんの少しの時間だったようだ。
「皇太子殿下がお越しです。お会いになられますか? 一応、おやすみであることはお伝えしたのですが、待つ、とおっしゃっていて……」
 困ったようなサンドラの声に、メルはベッドから飛び出した。先に読んだ軍人と馬の石は、メルに対するメッセージではなく、エイダンが素早く行動を起こしてくる、という意味だったのか、と考える。石読みを始めてから十年近く経っているが、まだまだ未熟だ、とメルは悔やんだ。
 サンドラに「すぐに行くと殿下に伝えてくれ」と言って、メルは慌てて、金のチョーカーを首に装着した。