第四話 薄明 - 1/3

四、

 エイダンとメルが食事の時間を共にするようになって、ひと月が経過した。
 どうなることか、祖国に帰してやらなければいけなくなるだろうか、とやきもきしていたエイダンの心配をよそに、メルはよく食べ、エイダンの前でも笑うようになった。
 あまりにこれまで接した婚約者候補と様子が異なるため、エイダンはこっそりサンドラにも、エイダンといない時のメルの様子を訊ねたが「お元気でいらっしゃいますよ。医官のお墨付きです」と返されて拍子抜けした。
 そんなことをエイダンが考えていると、声がかかった。
「殿下、難しいお顔をされて、何をお考えですか?」
「……余は入室の許可を出した覚えはないぞ」
 ふと声がかかってエイダンは顔を上げる。目の前にはノーマンが立っていた。
「ええ、誰の呼びかけにもお答えにならないから、と侍従長が心配して私を呼びに来たんですよ」
 呆れたように言うノーマンにエイダンは「それは、心配をかけて悪かった」と謝罪した。
「それで、一体何をそんなに物思いにふけっていらしたんです? あ、いえ、おっしゃらずとも結構です。昨今の殿下がお悩みになることは一つしかございませんね」
「……」
「メル様の体調も特に変わりないようですし、お二人で外出なさるのもよろしいのではありませんか? なにか変わるきっかけになるかもしれませんよ」
 ノーマンの言葉にエイダンはふと先日メルと交わした会話を思い出す。雪国で育ったメルは、家の中にいることが多かったと言い、外出できることが嬉しいと言った。そんな彼に見せたい景色はたくさんある。
「そうだな」
「まあ、外出といっても、本格的なものは護衛が多数必要で煩わしいでしょうから、まずは王宮の敷地内でいかがですか」
 王宮が立っている敷地は非常に広大であり、王宮の裏には山もある。生まれてからずっと王宮で生活しているエイダンにとっての裏山は、庭のような場所であり、一番の気に入りの場所だ。
「ああ、考えてみよう」
「それにしても、メル様は本当にお強い方ですね。こう……厳しい環境でも咲く野花のようなたくましさを感じます」
「ああ」
 白皙に、漆黒の髪、ペイルブルーの瞳、と見た目こそ儚げに見えるが、芯の強さは端々にうかがえる、とエイダンは思う。
「最近は侍女の間でも、人気のようですよ。なんでも恋占をされるのだとか。私は、かの国の呪術士という存在を多くは知りませんが、名前から想像するよりもずっと人に寄り添った温かい存在なのですね」
 ノーマンの感想にエイダンはうなずいた。
「ああ」
 エイダン自身も、ニクス帝国における呪術士というものをメルとその師であるノエのことしか知らない。ノエに世話になってきたエイダンは、呪術士という職があることに感謝している。
「ところで殿下、なるべく正直に答えていただきたいことがあるのですが」
 ノーマンの問いかけにエイダンは首を傾げながら返事をする。
「なんだ」
「メル様のことはいかがお思いですか?」
「……」
「黙るのはなしでございますよ。殿下の正直なお気持ちをお聞かせいただければよいのです。お答えは私の心の内に留めて、決して口外いたしません」
 容赦ない追及にエイダンは迷いながら、口を開いた。
「愛らしい、と思う。容姿だけではない。慣れないであろう我が国の文化を懸命に受け入れようと努力する姿勢も、初対面の余に対して、迷いなく言い返せる度胸のよさも気に入っている。できれば――……いや、ここから先は、口にすると叶わなくなりそうだ。本人に直接言おう」
 迷いながら言葉にしていくうち、エイダンの頬には赤みがさしていた。それにノーマンが気づかないわけがないが、指摘は野暮だと思ったのか、口をつぐんだ。
「――安心いたしました。これまでの殿下は、番候補であった方々に、体調面の心配や懸念を口にされるばかりでしたので。メル様は、違うのですね」
「違う。……初めて、自分の手元に置きたいと思った」
「ふふ、ますます安心いたしました。アルファの本能として、当然のことでございますが、そう思えるお相手に出会えてようございました。先程のお言葉は最後以外も、ぜひともメル様に伝えられるとよろしいかと」
 エイダンの言葉の続きはわかりきっていた。メルを番にできたらどんなによいか、ということである。
 エイダンは赤くなった頬を誤魔化すようにこすりながら、ノーマンに「……くれぐれも口外してくれるなよ」と念を押した。
「ええ、そうしましょう」
 ノーマンはそう言ったのち「あまり物思いにばかりふけるのもよろしくありませんよ。気分転換にお茶でも飲まれませんか」と提案した。