第四話 Good-bye to Brilliant white days -Opening- - 2/4

 
 
 翌朝、第三部隊執務室。
「というわけで、今日の俺は一日外出。本部の指揮権はマコさんに一任するよ」
 出勤してきた浦志に松本が言うと、彼は困ったように眉をハの字にした。
「それはいいけど、一人で? 誰かつけて行った方がいいと思うけど」
 あなたがいつも隊員に口酸っぱく言っていることよ、と言われて松本は苦笑した。耳が痛い。
「今回は例外。俺が部下を連れて行くわけにはいかないから、俺だけでいくよ」
「本心は?」
 浦志の質問に松本は内心(鋭いな……)と思いつつ、
「万が一のことがあったときに俺だけならなんとかなるけど、部下がいたら自滅する」
 と答えた。松本の言葉に浦志はため息をつく。膝を壊した、というハンデがある今もなお、隊員たちより松本の身体能力の方が高いのは事実だ。身体の動きはもちろんだが、動体視力が人並み外れてよいことの恩恵が大きい。
「わかったわよ。じゃあ、留守はアタシが預かるから、行ってらっしゃいな」
「はい、ありがとう行ってきます。あ、あと明日はマコさんに頼みたいことがあるんだけどいいかな」
「何?」
「例の宗教法人――汪幽教(おうゆうきょう)が母体となって運営されている病院もしくは療養施設に行って話を聞いてほしい」
 松本の依頼にもちろん、と浦志が返事をしようとした瞬間、
「話が筒抜けだぜ。一部隊だけでなんとかしようなんて水くさいじゃねえのよ」
 という声とともに松本の肩にがっしりとした腕が回された。やれやれ、とため息をつきながら松本はその腕を外す。
「志登さん、よその隊の会話聞かないでよ。機密情報話してたらどうするの」
「聞こうと思って聞いたんじゃねーよ。業務連絡しに来たら面白そうな話してたとこに居合わせたってだけだ」
 横暴な理論に松本はため息をつく。志登の背後では副隊長の雷山が申し訳なさそうな顔をしていた。
「手っ取り早く行こうぜ。俺とお前での本部に行って、雷山と浦志で付属施設の病院を当たらせる」
「部隊の指揮は」
「んなもん日勤隊員ができるだろ」
「第一部隊と一緒にしないでよ」
 第一部隊長は〈アンダーライン〉全体の統括を兼ねる役職であるため、日常的に隊長不在の時間が多い。従って副隊長以下日勤隊員が指揮を執ることが必然的に増えるのである。
「仕方ねえなあ、じゃあ予定変更で雷山と浦志が今日附属病院に行く、でどうだ? 俺と松本が明日汪幽教本部の方に行ってみる」
「それはありがたいけど……なんで明日?」
「本部に先に行ったら付属施設に話が行くかもしれないだろ」
 志登のもっともな指摘に松本は納得する。逆もありうるが、確率としてどちらが高いかというと、本部からの情報伝達だろう。
「うん、じゃあそうしようか。志登さんがいてくれたら俺も心強いし、明日にしよう。じゃあ、急で悪いけどマコさん対応してくれる?」
「ええ、いいわよ。隊長も単独行動しないでくれることが決まったし、こちらとしては願ったりかなったりよ」
 うふふ、と笑いながら浦志は松本にウインクをした。
「じゃあ、行ってきます。何かあれば戻りますので、連絡してください」
「おー、じゃあ行ってこい。よろしくな」
 志登はそう言って浦志と雷山を送り出した。その場には松本と志登だけが残される。
「で、志登さんの業務連絡って何? 直接言いたいことがあってきたんだよね?」
「ん? ああ、徳永の話。一応統括役として話聞きに来た。最近は随分元気そうに見えたから、状況把握しておこうかと思って」
「あ、あー……そうだなあ、バディ組ませた新人とうまく噛み合い始めたからじゃないかと思うけど」
 松本は先日の久家とのやりとりをかいつまんで志登に説明した。説明を聞き終わった志登はにやりと口角を上げると「やるじゃねえか」と言った。
「新人指導させてみようってお前が提案したときはどうなるかと思ったけど、思ったより効果が出たな」
「イチかバチかだったけど、いい方向に作用してよかったよ」
 俺だってこういうケースの隊員を預かるの初めてだったからね、と言う松本に志登は真面目な顔をして訊ねる。
「もし今、第二部隊に徳永を返せって言われたらどうだ? 返せるか?」
「言われてるの?」
「もし、つったろ」
「志登さん気づいてないかもしれないけど、志登さんがもし、っていうときはだいたい想定じゃないんだよ」
 志登とのつきあいも随分長くなり、話し方のクセもよくわかるようになってきた。松本の指摘に志登はハッと気づいたように手で口を押さえた。
「遅いよ」
「あー……まあいいや。平たく言うとそう。女性隊員のバランス取りたくて、できれば戻したい」
 第一部隊長としての立場ではなく、〈アンダーライン〉全体の統括者として話をする志登に松本は腕組みをして考える。徳永を元いた隊に戻すこと自体は問題ない。徳永自身が不祥事を起こして部隊を移ってきたわけでもなく、元の隊であれば彼女に対する信頼も篤いだろう。だが、せっかく徳永を信頼して、指導を受けている久家のことを思うと素直に頭を縦に振れなかった。
「悪い、そんなに悩ますつもりはなかった」
 悩み始めてしまった松本を見て志登は苦笑しながら言う。
「いや、俺もこれが中堅隊員同士で組んでたら即決できるんだけど、新人指導していることを考えるとちょっとね。うーん、できれば、もう半年くらいはこっちで久家についててほしいんだよね」
 一部隊長として部下の育成を考えると、徳永のようにしっかりと基礎を叩きこめる隊員は貴重である。彼女の仕事が信頼されることも納得できた。
「それもそうだ。半年で指導する人間が変わるのも可哀想だな。まあ、じゃあ徳永にはよその隊のサポートも頼むかもって話をしておいてくれ」
「了解。それは多分、徳永も久家も納得してくれると思う」
 そう言った松本の顔を志登はしげしげと眺めた。
「? なんかついてる?」
「いや、すっかり隊長の顔するようになったなと思って」
「それ昨日、真仁さんにも言われた。そんなに変わった?」
「変わった。適材適所の人間に仕事を任せられるようになったなって思う」
 その言葉に松本は肩をすくめた。
「今でも俺がやった方が早いかもって思うことはあるけど、本部に隊長がいるのが俺は安心だったからそれに倣ってるだけだよ」
 逆に第一部隊は隊長が本部にいると何を指示されるのかわからなくて怖いです、と言われる始末である。部下と信頼関係を築けているようで何よりだ、と志登は思った。
「なるほどな。俺としてはお前が無茶しないことがありがてえよ」
「これからもなるべく無茶しないようにするよ」
「なるべくじゃだめなんだよ、絶対って言え!」
 志登の説教に松本はにっこりと笑って肩をすくめるだけだった。