その後、応援にかけつけた別部隊の隊員たちによって、その場から四名が運び出された。うち一般人の二名は死亡が確認され、久家と徳永は病院に搬送された。徳永は頭を打ったことによる脳震盪と診断され、重傷ではないものの、入院を余儀なくされた。
重傷なのは久家の方であり――爆風で飛んできたガラス片による裂傷と熱風による火傷がひどく、しばらくは沈静化したまま治療をされるという話だった。
「わかった。迅速な処置をしてくれてありがとう」
「……」
「二人とも生きてる。俺たちが諦めちゃだめだよ、マコさん」
松本の言葉に浦志は「そうね、ごめんなさい。弱気になってたわ」と謝った。
「まずは倉庫街の総点検と、爆発物の特定、それと久家が訊き出した男の名前から情報を洗おう。あー……多分俺と志登さんは別件で〈中央議会所〉から呼び出されると思うから、調査はマコさんに任せていいかな」
「わかったわ。倉庫街の点検は今、倉庫の持ち主と共同で対応中、爆発物は科技研に特定を依頼してるところね。名前からの情報調査は櫻井さんが力を貸してくれたわ」
「了解」
うなずいた松本に浦志は訊きづらそうに口を開いた。
「ところで、別件の呼び出しって? なにかしたの?」
「端的に言うと、汪幽教幹部と接触できたのに取り逃がした」
「それってもしかして、」
「あ、違う。連絡をもらったからじゃなくて、証拠がなくて取り押さえることができなかっただけ」
取り逃がすきっかけにはなってしまったが、原因ではない。あえて余計なことを言う必要はないだろうと松本は言及を避けた。
「形式的に一回は怒られないとだめだろうからね。そのために隊長ってポジションがあるんだよ」
「そう、かもしれないけど……なんだかスッキリしないわね」
やや不満が残る様子の浦志を松本が「まあまあ」となだめていると、端末がメッセージの受信を知らせた。差出元を確認して、松本はため息をつく。
「あーほら来た。二時間後に行ってくるよ」
「……気をつけてね。議会所と喧嘩しちゃだめよ」
「マコさん、俺のことなんだと思ってるの? 志登さんも一緒に呼び出されてるんだから大丈夫だよ」
「ますます不安になったわ」
冗談を言っていると「邪魔するぜ」と志登が雷山を伴って顔をのぞかせた。雷山はぺこり、と頭を下げた。
「そこ、空いてるか」
そう言って志登は第三部隊の隊長室を指さした。
「? 空いてるけど、こっちでいいの? そっち行こうか?」
「隊長がいると落ち着かない、って文句言われんだよ……おい、その顔やめろ」
気の毒に、と思ったのが顔に出たらしい。松本は軽く頬を叩いて志登に向き直った。
「昨日こいつらが名刺を渡した看護師から話を聞いたらしい。その情報共有だ」
「……さっきの今で、あんまり気持ちのいい話じゃないんですけど」
テキパキと話を進める志登に対して、雷山はやや歯切れ悪く言葉を付け加えた。
「うん、わかった。じゃあ、準備するから先にどうぞ」
そこの缶にお菓子あったよね、と言って松本は給湯スペースに置かれた缶を指さす。隊員たちが持ち寄った菓子や、土産として置かれたもの、差し入れなどが雑多に入れられていた缶を浦志が松本に手渡した。
「今日は急ぎだからこれで我慢してね」
急須にティーバッグを放り込み、四人分の茶と菓子を用意した松本が隊長室のドアを開けると慌てて雷山が飛んできた。さっと松本の手から急須と紙コップを取り上げる。
「前から言おうと思ってたんですけど」
「何?」
「隊長自らお茶淹れられると緊張します」
「そう? うちの隊員たちは何も言わないし、お茶はお茶なんだからあんまり気にせずに飲んでよ」
のんびりと言う松本に、そういう問題ではない、と言いかけた雷山だったが、口に出すすんでのところで飲みこんだ。
第三部隊の隊員たちは一見クセがなさそうだが、癖の強い隊長二人の下で勤めているために案外図太い隊員が多い。雷山も別の意味でかなり癖の強い隊長のもとで働いているものの、上下関係が比較的しっかりしているため、隊長自ら全員分の飲み物を用意するというのは相当な珍事である。
閑話休題。
「彼女の名前は仁科(にしな)瞳(ひとみ)。俺たちが昨日行った病院の看護師です」
ホログラムディスプレイに資料を写し、雷山が説明を始めた。身分証の写真を撮らせてもらったようだが、きりりとした勇ましい顔の女性が写っていた。
「彼女は今どこに?」
「一応彼女の話が内部告発に当たると判断して保護施設に送りました」
あまりここに長居させてもしょうがないので、と雷山は苦笑した。
それについては他の三人も同意である。隊員以外を長く留めておくことは機密保持の観点から推奨されない。
「了解」
「で、彼女の告発っていうのは?」
「……それが、」
雷山は言いづらそうに口ごもり、ちらり、と志登を見た。志登はその視線に気づいて一瞬顔をしかめたが、すぐに口を開いた。
「言うしかねえだろうが」
「はい……」
「ここから先何が起きても責任取るのは俺か松本なんだから安心して言えよ」
志登は励ますつもりで言っただろうが、逆効果である。隊長たちに迷惑をかけたくないんですけど……とぶつぶつ言う雷山を志登は無視した。
「まず一つ目は、これです」
雷山はそう言って、チャック付きのポリ袋に入れられた薄いピンク色の錠剤を机に置いて松本の方へ滑らせた。直径数ミリのそれがなにかわからないほど、この場の誰もが鈍くなかった。
「ハイエルトXO3……」
「そうです。彼女のお父さんが製薬会社の工場勤務を何十年も続けていると言っていました。製造工程にも詳しい方だったようで、何かよくないものを作っていることはわかっていたのだと思います」
「科技研には?」
「二つもらったので、一つを回しています。ちなみに仁科さんのお父さんは、自分に何かあったらこれを持って〈アンダーライン〉に行きなさいと彼女に言ったそうです」
「ってことは、お父さんに何かがあった?」
松本が訊ねると雷山は首を縦に振った。
「三日前から家に帰ってこないそうです。もちろんシフト休ではなく、無断欠勤という扱いになっているようで」
思わず天を仰いだ。先の倉庫街の爆発が松本の脳裏をよぎる。浦志も同じことを考えたのだろう。松本と目が合った。
「マコさん」
「……まだ、被害状況はわからないわ。メイちゃんが通信を入れっぱなしにしてくれていたから、あの子たちの居場所はわかったけど、物的被害、人的被害の全貌は明らかじゃないの」
「わかった。男性の重傷者もしくはご遺体があったら優先で教えてもらうように伝えてくれる?」
了解よ、と言って浦志は一度部屋を出て行った。雷山の話は続く。
「二つ目はこれですね。工場内見取り図と倉庫街の見取り図です。ちょっともらうタイミングが遅かったですけど」
どちらの見取り図も、一部に×印がつけられており、何らかの証拠、もしくは明るみに出したいものがあると推測される。特に工場内の見取り図は機密情報であり、仁科の父が自らの職を賭けて懸命に持ち出してきたことが想像できた。
「いや、まだ遅くない。工場内の見取り図は使えるよ。工場は抑えたんでしょ?」
「ああ。証拠抑えに行かせてる。一応化学薬品に対する防護服は着せたし、何とかなる。まあさすがに工場は倉庫みたいな無茶はしねえだろ……被害が甚大になりすぎるし、ほかの薬品製造ラインをぶち壊すわけにはいかねえだろうし」
「うん」
「ま、工場の方は心配ないとして、残るはあの医者か? なんかわかったか?」
志登の問いかけに雷山はうなずいた。
「あー……まあ彼については、調べましたけど、特に身分を偽っていたわけではなく、家の都合で名前が変わっていたことがわかりました。代々医師を輩出してきた名家で、彼が現役の当主となるために本家の養子になったそうです」
疑ってかかった側としては拍子抜けの結果だが、疑う人間が少なくなったこと自体は喜ばしい。加えて情報の信憑性が向上したことも大いに助かる。
「ってことは、昨日二人が聞いてきたことはやっぱり間違いないってことだね。千早先生が嘘をつくメリットはないわけだし」
「つーか、そんな名家の信用落とすようなことしねえよな」
それもそうだ、と納得して松本は手元の紙コップに茶をつぎ足した。
「で、最後は俺と松本の呼び出しだな」
「〈中央議会所〉からの呼び出しって何回受けても慣れないんだけど……これ俺だけ?」
「俺も」
苦い顔をする松本に、志登も短く同意した。何を言われるんだか想像がつかないのがいやだよね、と松本はこめかみに指を当てた。
「松本、一つ言っておくけどな」
「大丈夫、暴れたりしないから」
「それは当たり前なんだよ、ちげえよ。無茶なこと言うなよって話だ」
ため息をつく志登に松本は言う。
「……今回ばかりはそれは約束できない。俺、これでも怒ってるんだよ。これまでずっと重傷の隊員を出さないようにしてきたのに、あんな手段で傷つけられた挙句、一般人にも被害が出てる。その責任をどう処理するのかはわからないけど、理不尽だと思ったら俺は全力で止めるよ」
強い決意をあらわにする松本に志登が折れた。
「わかったよ。ただし俺がだめだと思ったら勝手に止めるからな」
「俺からもお願いしますね」
黙って松本と志登のやり取りを聞いていた雷山が口をはさんだ。
「放っておくとすぐに無茶するって六条院隊長も言ってましたし」
「え、そんな話いつ聞いたの」
「俺が副隊長になる前にここでOJTさせてもらったときに聞きました」
そのやりとりに志登はケタケタと笑った。
「ま、お前にそういう信用は置かれてないってことだな。観念しろ」