Case2:とりかえばやの匣 - 2/5

 卒業以来、十年以上ぶりに訪れた母校には、当時空いていた場所に無理矢理下駄箱が増設されていた。この少子化の一途をたどる時代にどうしたことか、と江角が思っていると、それを察したのだろう春木が答えた。

「最近山向こうに新しく電子機器メーカーの工場ができてね。工場で働く社員さんの社宅が近くに建ったんだって。私たちの時は学年に二クラスあればいい方だったけど、今は標準で三クラスあるらしいよ」

 単純計算で学校全体で六クラス増えたことになる。

「教室足りてんのか」

「さあ」

 私もそこまでは知らないよ、と春木は言った。おそらくこの情報も檀家から仕入れたものなのだろう。

「江角くん?」

 二人がたわいもない話をしていると、後ろから声がかかった。

「あ、三宅」

 振り返った春木が久しぶりー、と手を挙げた。江角は三宅の顔はこんな感じだっただろうか、と小学校卒業以来会っていなかった彼女の顔を不思議な気持ちで眺めた。

「よくわかったな、オレだって」

 感心した江角が言うと、三宅は笑って答えた。

「わかるよ。連絡くれた人から名前聞いてたし、それに江角くん変わってないし。でも春木まで一緒に来てくれるとは思わなかったな」

「実はね、今、たいちゃんの仕事を手伝ってるんだよ」

 そう答えた春木に、三宅は「そうなんだ」と驚いたように答えた。本当に知らなかったと思われる反応に江角は、言ってなかったのか、と視線で問いかけたが、春木はそれを無視した。

「さ、暑いところで話すことじゃないから、職員室までどうぞ。来客用の入口から上がって」

 三宅はそう言って来客用の下足入れがある方向を示した。その言葉に従って二人は下足から『来客用』と書かれたスリッパに履き替えた。

 久しぶりに上がる職員棟は在学中から配置は変わっていなかったが、内装は記憶よりも随分古くなっていた。加えて廊下は記憶よりもかなり蒸し暑く、サウナの様相を呈していた。

「来客用の部屋は別件で使えないから、私の机で話をするね」

 からり、と引き戸を開けて入った職員室は夏休みということもあってか、閑散としていた。が、その分エアコンの効きがよくなっており、江角と春木はホッとため息をついた。そんな二人の前に三宅はペットボトルを二本差し出した。

「これは友人としての差し入れ。同級生に渡すだけなら大丈夫でしょ」

「お気遣いドーモ」

「私も公務員だから、心得てるよ」

 三宅が渡してくれたペットボトルをありがたく受け取って、早速喉を湿らせる。三宅は常備されているらしいパイプ椅子をセットすると、二人をそこに座らせた。

「早速で悪いけど、本題に入る。これについて県警に相談してくれたらしいけど、そもそもなんで県警に相談したんだ?」

 遺失物として届けられたのであれば、UPIに回ってくることなく闇に葬られてしまうような代物である。しかし、UPIに届いたということは、遺失物ではなく、何か別のことが起きたのだと考えるのが妥当だ。そう考えた江角は春木に見せたのと同じ写真を三宅に見せた。三宅は匣の影響を受けないらしく、その写真をしげしげと眺めると「実はね」と話し始めた。

「――児童の間でその箱を使った遊びがはやってたの」

「遊び?」

「そう。なんだったかな……私も仕事をしながら横目に見ている程度だったから、細部まで覚えていないんだけど、確か『○○様、○○様』って呼びかけたあとに箱に鉛筆とか消しゴムとかそういうものを入れると、別のものに変わるんだったかな。そういう手品みたいなオモチャだと思ってみんな遊んでいたみたいで」

 三宅の話に江角は「それで?」と続きを促した。

「それ自体は私も特に咎めなかったんだけど、その箱、小学生が持つにしては、なんというか……少し大人向けな外観だったから違和感があって。それで気にかけてたんだけど、そうしたら……」

 そこで三宅は一度言葉を切り、ぎゅっと拳を握りしめた。

「その箱で遊んでいた児童が行方不明になってしまったの。それも三人も」

 うつむく三宅に江角は声をかける。

「その三人は今も行方不明のまま?」

 そうであればもっと大騒ぎになっていそうだが、と江角が考えていると、予想通り

三宅は首を横に振った。

「三人とも次の日には家に帰っていたみたい。何をしていたのか訊いても覚えてないとしか答えてくれなかったけどね。そんなことが起きちゃったから、さすがに箱を私の方で預かることにして、誰の持ち物か訊いたんだけど、誰も知らないって言ったからちょっと怖くなって。それで、遺失物だったら困るかなと思って警察に相談したら、たまたま近くにいた国屋さんって人が引き取ってくれた、っていうのが経緯」

 いらねえことに首つっこみやがって、と江角は手の中のペットボトルを上司に見立てて強く握りしめた。

「オレの上司が勝手に首をつっこんだってことはよくわかった」

「たいちゃんの上司の話は置いといて、三宅は全部話せた? もし話せてないことがあったら、全部聞くから私たちに教えてくれる?」

 江角が地を這うような声を出してたため、春木が慌ててフォローに入った。三宅は少し迷うように視線をさまよわせたあと「もう一つあって」と付け加えた。

「行方不明の児童の話に続きがあってね、そのうちの一人がずっと体調崩して学校に来れないまま、夏休みに入っちゃったの……。担任として、家にお邪魔しようにもずっと親御さんから拒否されてて困ってるんだよね」

 その話を聞いて、相談の核はここか、と江角と春木は理解し、春木は即座に三宅に訊ねた。

「その子の名前と住所わかる?」

「お前が訊くな」

 一応その権限持ってるのはオレだからな、と釘をさして江角からも訊ねる。

「その子供の名前と住所教えてくれるか」

「ええ。そう言われると思って書いておいたの」

 はい、と言って三宅は江角に紙を手渡した。

「五年二組、和泉唯ね。ここから近いし、このあとすぐ行ってみる」

 江角がそう言うと、三宅の顔がパッと明るくなった。警察であれば、児童の親も対応する可能性が高くなるはずだ。

「ありがとう、江角くん」

 よろしくお願いします、と言って三宅は頭を下げる。肩のあたりで切りそろえられた黒髪がその動作に従ってさらり、と揺れていた。