次に満碧が目を覚ますと、見慣れない天井があった。新調された畳特有のい草の香りが満ちている部屋に、一瞬ここはどこだろう、と考える。
(菊名橋家のお屋敷だ……)
いつの間にか眠っていたのだと思い出して、満碧は目をこすりながら身を起こす。
「満碧様、いらっしゃいますか?」
部屋の外から藤世の声がかかる。満碧は問いかけに是と答えて、彼女を部屋に招き入れた。仕事をしていたのだろう彼女はたすきをかけていた。藤世は満碧の様子を見て、眠っていたことを悟ったのだろう。軽く頭を下げた。
「お疲れのところ申し訳ございません。旦那様が一度お戻りになるとのことでしたので、お顔合わせいたしましょうという話になりまして」
「え、あの……それは構いませんが、その……」
残念ながら松白家からはろくに支度をしてもらえることないまま、少ない荷物でやってきたため(縁談が急に決まったせいで間に合わなかったのもあるが)、人前に出られる服はほとんど持っていない。今着ているものが一張羅だった。
言いよどんだ満碧に、藤世は胸を張って答えた。
「ええ、大丈夫ですよ。わたくしがお支度いたしますからね。お任せください」
そう言って藤世は嬉しそうに、箪笥から着物を選び出した。この部屋は満碧のためにあつらえられており、着物も菊名橋家で用意をしたものだろう。
薄緑の袷に濃ねずの角帯、真珠と黒瑪瑙の羽織紐を見立てた彼女は「満碧様の真珠の御髪と燐葉石の瞳によくお似合いですよ」とにこやかに言った。
「ありがとう」
「きっと旦那様も似合うとおっしゃいますよ。ここだけの話、ここにあるお召し物はすべて旦那様が選ばれたものですからね」
大事にされたいと思っていらっしゃるのですよ、と言う藤世に、そうだろうか、と満碧は思った。金にものを言わせて満碧を娶ろうという人と、藤世をはじめとした使用人の雰囲気から連想される菊名橋汀夏という人物が上手く像を結ばない。それは、ふとした瞬間に昨夜の母と妹の会話が蘇ってきてしまうせいでもあるだろうが。
「満碧様? ご気分がすぐれませんか?」
黙り込んでしまった満碧に藤世が声をかける。満碧は顔を上げてきっぱりと告げた。
「いえ、大丈夫です。旦那様のお部屋まで案内いただけますか」