怪奇語り - 5/9


Case#5  六条院

 ああ、あの話か。あれは……いや、よそう。悪いが、あれの話はするべきではない。ただ、松本があの部屋を使い続けた場合、確実に負の影響があった、とだけ言っておく。
 私の話? あまり聞いていて気持ちのいい話はないが……そうか、わかった。
 私が〈アンダーライン〉に入隊してすぐ、旧隊舎から現在の隊舎への引越し作業があった。要するに備品や什器を運ぶのを隊員たちで手分けしてやれ、ということだな。日勤隊員を中心に夕勤、夜勤隊員も業務の合間を縫って作業をしていた。
 作業の中でひときわ大変だったのが備品倉庫の物品の移動だ。四十年近くあった倉庫の中身がどうなっているか想像にかたくないだろう? 保管期限を過ぎた書類や、壊れた照明なんかも放置されていて、はっきり言ってごみ捨て場状態だ。そこから必要なものだけを選りすぐって運び出す作業をしていたが、もう二度とやりたくないな。
 すまない、話が逸れた。最初は特に気にも留めていなかったが、時折服を誰かに引かれたり、誰かに肩をたたかれたりするような感触があった。当然その場にはたくさん人がいたので、そのうちの誰かがうっかり当たったのか、いたずらされたのか、そのどちらかだと思っていた。今ならないだろうが、当時は私も最年少で、まあ、多少はそういうこともあった。
 ある日、倉庫の中の更に奥まで、備品を探しに行くことになった。ん? ああ、倉庫は区切られていて、奥に行くにはドアを開けていく必要がある。たまたまその日は私ひとりで作業を担当していて、無事に備品を見つけることはできた。ただ、元の作業場に戻ろうとドアを開けかけた瞬間、後ろから左腕を強く掴まれた。自分一人しかいないはずの空間で誰かに腕をつかまれるのは……今思い出しても鳥肌が立つくらい怖かった。おまけに腕を掴む力はどんどん強くなって、このままでは折られると思った。
 ドアを開けようとしたが、かけた覚えのないはずの鍵がかかっていて、私はひたすらドア板を叩いたり、ドアノブを回した。声を出すことはできなかった。
 ――おい、大丈夫か?
 そのうち南方隊長……当時は隊長補佐だな、彼が外からドアを開けてくれた。彼は半泣きで埃まみれになっていた私を見て笑ったが、そのあとすぐに真顔になって、
 ――その服、すぐに脱いで処分しろ。
 と言った。服を脱いで私も気づいたが、服には血塗れの手形が無数についていた。そうだ、服を誰かに引かれたり、肩を叩かれたりするような感触が残していったのがこれだ。おまけに左腕はひびこそ入らなかったが、ひどい打撲状態で治るまでに二か月もかかった。……あとから知ったが、備品倉庫の奥には遺族に帰せなかった遺骨がいくつも安置されていたらしい。私にすがってもどこにも帰してやれないのが一層哀れだった。
 南方隊長にはそのあと彼が第五部隊に異動するまでいろいろと世話を焼いてもらった。当時最年少だったうえに、目立つ出自だった私を周囲から守ってくれたのだろうな。それには今でもずっと感謝している。
(終わり)

*****

Case#5.5  南方(通話にて)

 随分懐かしい話を持ってきたね。そうそう、当時の六条院はすごかった。出自もあったし、何よりあの見た目の少年だから。今は他人の好意にも悪意にも敏感だけど、当時はそれにも疎くて、少し危なっかしい感じがあったね。
 それでなんだっけ、ああ、備品倉庫の話か。うん、あれはひどかった。彼は平気な様子だったけど、実際には血のにおいと何かが腐ったようなにおいがひどくて、僕はしばらく肉を見ると食欲をなくしていたよ。
 ああ、六条院が怪我した理由? 無垢で美しかったからだね。救いを求める欲深い人間にすがられたってところかな。そう、ほら、神は美しく描かれるし、仏も慈愛に満ちたように描かれる。当時の六条院にはある種の救いを求めたくなるような雰囲気があった。多分、浮世離れした育ちが身体の芯に沁みついているんだろうね。だけど、彼はあくまで人間だし、亡者を救う力は持っていない。元は可哀そうな遺骨だったのかもしれないけど、いつしか欲に飲まれてしまったんだろうね。
 安置されていた遺骨? 一応科技研で調査して、遺族に返せるものは返したらしいよ。誰が調査をしたのかまで、僕は知らないけど。
(終わり)